外洋機動艦隊 外伝 『革命の二十人-20 revolutionists-』 |
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第一章 Ⅱ 東京都 中央環状線 本庄と宮本は高岡に誘われるままに、官邸外に用意してあった。車の後部座席に乗った。黒塗りのセダンで、70年型だ。 そして車は走り出した。運転は彼の部下がしているようだ。 「初対面でこのようなところでのお話することをご容赦ください。我々の部署は職務柄他人との情報交換が苦手でして、本来は情報を分析して研究するのが仕事ですので、このような手合いが得意な人間が居ないのです。」 高岡は相変わらずの暗い口調で言った。本庄は、今度は探りと警戒の口調で返す。 「陸幕の戦略研究室とは聞いた事のない部署ですが。」 「我々の部署は極秘に設置された部署でして、情報を集めて分析し、防衛庁と政府の軍事的な外交政策に助言を出すのが仕事です。しかし、日本のお国柄、欧米のような諜報戦を展開しにくい、経験と権限が少ないわけです。特に自衛隊と言う不安定な組織においては。その点に関しては本庄さんも承知でしょう。そこで、対外諜報のレベルを上げるために、世界情勢と軍事的行動を考慮に入れて、戦略的動向を研究するために、我々が置かれたわけです。今後は大々的な情報部門として規模を拡大していくというのが政府の方針ではありますが、先行きが不安なのが現実です。」 「そうでしたか、その研究に関しては個人的には興味深いですが、その、先ほど申された情報交換とやらを先に進めたい。」 「そうですね。では早速。」 そう言うと高岡は手元にあった鞄から書類を取り出し、本庄に渡した。 「先日、8月29日にソ連軍参謀本部情報総局―GRUの高官、ニコライ・セルゲイノビッチ・ヴォルギンが西ドイツ経由で我が国に亡命、軍のパイプを使った亡命だったので、在西独駐在武官がヴォルギンを我が国に護送しました。そのヴォルギンが妙なことを話し始めましてね。」 本庄は書類に目を落としていた。そこにはヴォルギンの顔写真が添付されていた。 「ソ連人の日本への亡命は増加していますが、彼らはひとつの同じ目的を持って亡命してきていると言うんです。」 「どんな?」 「それを話す前に、彼は服毒自殺をしました。気付いたときには遅かった……」 本庄は表情を変えずに下唇を噛んだ。その目的が重要だが、それにしても奇妙な話だ。亡命者が服毒自殺?そんな話聞いた事もない。 「そう、本来はその目的が重要なはずです。しかし、他に確保した亡命者は一向に口を割ろうとしない。おそらく彼らもその目的のために亡命したのでしょう。」 「一体その目的は何です?」 「そこで、彼の持ってきた鞄の中を探ってみました。暗号表やらその手の軍事的情報が山積した内部でしたが、一つだけ違った類のものが入っていました。」 「それとは?」 「設計図です。」 本庄は驚いたように顔を上げた。 「設計図?」 「そう、我々は専門家ではないので、防衛庁技術研究本部に相談したところ、どうやら戦闘機の新システムのものらしい、と言う見解が出ました。」 「らしい?」 「ええ、技術研の人間から見て、アレが何を表しているのか、さっぱり分からないそうです。設計図といっても図面が一つ、スケッチ程度に書いてあるだけで、どちらかといえば数字の羅列がならんでいる。他にも比較すべき情報必要ですが、現在それの発見には至っていない。」 「あなた方は、それを解く鍵が、こちらの亡命者の中にあると?」 「そう考えました。」 本庄は緊張を解かずに苦笑して見せた。 「残念ですが、こちらの扱っている事案には、該当するものはございません。そちらと同じように誰も口を割らないのが現状でしてね。」 「そうですか。まあこちらも予想はしていたのですが。仕方がありません。ですがもうひとつ、今後大きな事案が発生する可能性があるため、もう一つの情報をお話します。」 「もう一つ?」 「明後日、オホーツク海海上でソ連防空軍の軍事演習が行われます。これは赤坂経由の話ですが、どうやら本件と関係があるようです。」 「関係?まさか……!」 「そう、おそらくこの設計図の物の試験演習。おそらくそれが大きな事案の始まりになる可能性がある。」 車は皇居の周りを一周し、首相官邸前に向かう方向に進んでいた。 「それを確約する確証は?」 「ありません。強いて言えば赤坂が情報源と言うのが確証です。彼らが我々に情報を流してきているということは、何らかの事態が起きるということ、またはそれに対するスケープゴートか……」 車内を沈黙が支配した。 「最後に聞きたいんですがね。」 本庄はそれを破るかのように、改まった風を装って聞いた。 「我々はあなた方の商売敵だ。それにどうしてこれだけの情報を?」 「なに、別に大したことじゃないんですがね。我々の捜査が行き詰った。それだけの話です。第一、我々の仕事は国家の安全の保障であって、商売をしているわけじゃない。違いますか?」 車はそこで停車した。官邸前だ。本庄は手に持った書類をそこに置き、宮本とともに車を降りた。しかし、高岡は設計図だけ本庄に渡した。 「それはコピーですから、とって置いてください。では、また近いうちに。」 高岡はそれを最後に言い残し、車は走っていった。 「何なんだ?あいつら」 「同業者さ。さあ、我々も帰るとしよう。」 警視庁 取調室 「さて、取り調べを再開しようか。」 三枝はパイプ椅子に腰掛けウラジミールに向き合った。後ろにはさっき呼んだ制服警官が座って記録をとっている。ウラジミールは研究員にしては若い、きっと秀才なのだろう。 「最初っからやるぞ。あんたの希望する亡命先は?日本?アメリカ?どこ?」 しかし、ウラジミールは口を開かない。三枝は少し間をおいてから、別の質問をする。 「亡命した動機は?」 これも、ウラジミールは黙秘だ。三枝は、このあとも同道巡りだなと思って大きくため息を打った。 「なあ、なんか話してくれよ。こっちも忙しいの、これも仕事だけどさ。ね?あんたもこんな狭い部屋に一生居たくはないだろ?」 ウラジミールは、三枝の悲痛な叫びを聞いて、彼を一瞥してから口元を綻ばせた。 「……さすがは資本主義の中で生活してきた哀れな東洋人だ。勤労の自由と束縛の違いはここにあるな。」 それがウラジミールが放った最初の言葉だった。 「やっと話してくれ―」 「今何時だ?」 ウラジミールは三枝の言葉をさえぎるように言った。 「今、何時だ?」 「ああ?……午後の7時36分」 ウラジミールはひとつ間を置いて、「時間か……」と一言言ってから、口を開いた。 「9月6日、明後日に我々の計画が始まる。」 それを聞いた二人は、驚いたようにウラジミールの顔を見た。 「計画?何の計画だ?」 ウラジミールは、鼻で笑った。 「リヴァリューツィアだよ。」 三枝はそれを聞いて固まった。 「三枝さん、彼は何と言ったんですか?」 「革命だ。」 制服警官はポカンとした。革命?何の話だ? 「どういう意味だ?」 「我々同志はそう呼んでいる。その計画を」 三枝は机を激しく叩いた。 「だから!どういう計画か聞いているんだ!」 今回の件は明らかに他の亡命事件とは一線を隔している。亡命者は個人の利益を優先するために、さっさと亡命先に行きたがり、新しい身分をもらいたいものだ。だからすぐに要件を言うのが普通だ。それに常人が一週間も黙秘などできるはずがない。何か強い意志でもないと。三枝は何か裏があるとは感づいていたが、開口一番「革命」などと言われれば、状況は軽いものではない。 しかし、彼は口を開こうとはしなかった。また黙秘だ。 「巡査、こいつを第3留置所へ連れてく、総務課に連絡して監視をつけさせろ。あと課長が帰ってきたか確認してきてくれ。状況を話す。」 制服警官は、「はい!」と言って走っていった。 首相官邸 総理公室 三木総理は秘書が入れた日本茶を啜りながら、東京都内の夜景を見ていた。部屋の電気はついていない、そっちのほうが見えやすいし、東京の夜景はこちらのほうが綺麗に見える。 戦後、朝鮮特需に始まった高度経済成長、数年前にそれは終結したが、この国の泥沼の経済成長はいまだ続いている。 三木はこれに一抹の不安を禁じえなかった。大勢は変わったとはいえ、戦前の富国強兵も今の経済成長も実質は変わらない。こうゆう目標を立てることは何事も重要だ。このような事を掲げる指導者などは、それに向かって明確な思想や目的を持って進むものだが、それが次の世代につながっていくと、その目的は潰えて、その目標に達することが目的になってしまう。 昔、誰かが言っていた。『この国をどこへ連れて行くのか』三木はさらに茶をすすった。 「総理。」 ドア越しに秘書の声がする。 「なんだ?」 「森下氏がお越しです。」 「通してくれ。」 三木は執務席に座った。 「相変わらず、部屋を暗くするのがお好きのようですな。」 「これが今楽しめる有一の娯楽と言うのに気付いたからな。」 部屋に入ってきたのは、7,3分けに板メガネの男。彼は内閣調査室の森下義男、内閣調査室は前記したが、内閣の政策決定に必要な情報を収集し、助言を出す機関だ。 「今日お呼びになったのは、どういったご要件で?」 今日、彼を呼んだのは三木本人だ。本庄たちが帰ったあと、この時間に来るように呼び出したのだ。 「今日、公安外事一課の本庄君がきたよ。」 「ほう。何かありましたかな。」 「最近亡命者が多いそうだ。何か掴んでいるかと思ったが?」 「あいにく、我々には何も、彼らから上がってくる情報がたよりでして。」 「彼とは同期だろう?情報の交換は頻繁じゃないのかね。」 「公私混同が許される職業ではないですから。」 「そうか……」 三木は黙った。 「それからもう一人、今日は尋ね人が多かった。高岡と言う陸幕の人間が。」 「陸幕?」 「ああ、これは君に伝えておくものだが。明後日、ソビエトの軍事演習がオホーツク海で行われるらしい。」 三木は茶をすすった。 「それが何かの引き金になって、大きな事が起こるとな。」 「……初耳です。情報はまだ。」 「そうだろうと思って、呼んだんだ。君たちには弊害が多すぎる。」 「恐縮です。」 三木は茶を飲みきった。 「私は、このポストについてから、日本の多くの裏を実感できた。実に暗い。辛くなる事もある。我々政治家はな、最初は何かしたいと思って、この世界に入るんだ。そして私のように現実に嫌気が差してしまうんだ。国の代表は現実を知りながらそれを無い様にしなければならない。そして責任を取るんだ。」 森下は静かに聞いていた。 「まあ、今では政治家の仕事はそれであると理解している。今日は以上だ。本件に関しては優先的に調査してくれ、帰っていい。」 森下は一瞬間をおいてから「失礼します。」と言って部屋を後にした。 9月5日 東京港 最近は沿岸の埋め立てが著しい。都市発展のための場所のためだ。そのため東京湾には船がひしめき合っている。 そんな中をぬうように客船が東京港に接岸した。その中に目的の人物がいる。 宮本、三枝の両名はキャデラックで埠頭まで乗り付けて、その人物がタラップを降りてくるのを待った。 そして、一人の女性がボストンバック片手に降りてきた。藤村係長だ。彼女はシャツに赤いネクタイ、ズボンに革靴で、はたから見ると男にも見えなくも無いが、胸の盛り上がりから女であることは判別できる。彼女はサングラスを掛けて、最近流行の『ボーイッシュ』な服装で決めている。 「お帰りなさい。係長。」 二人は敬礼した。朋美も敬礼で返す。 「ご苦労、これを頼む。」 朋美はボストンバックを宮本に渡し、開いていた車ドアの奥に入った。宮本はボストンバックをトランクに入れた。 警視庁へ向かう車の中で、三枝は挨拶もそこそこに、現在扱っている案件の説明を簡単にした。 「そうか。それは奇妙だな。」 「そうでしょう。課長が帰ってくるって聞いて、ちょっと助言を伺いたくて。」 「まちなさいよ。私だって、3年も日本を離れてたの、このブランクは大きいわよ。スイスなんて酷かったわ。」 「なんかあったんですか。」 「東よりのスイス銀行の工作員に殺されかけた。」 三枝は顔を凍らせた。宮本も同じようだ。このような事をさらっと言うのはさすがと言ったところだ。 「大丈夫だったんですか?」 「素人の仕事よ。車でひこうなんて、スイスのプロは硫酸も使う。」 「硫酸?」 「痕跡は残さない。死体の骨も残さない。」 二人はさらに凍る。 「そうだ。西ドイツに居たときに課長からこの件の連絡があってね。なんかつかめないかって向こうの人間に調べさせてたんだけど、面白い情報が入ったの。」 「なんです?」 「東側に工作員仕込んどいたんだけど、そこからもたらされた設計図。なんか関係があるみたいなんだけど。」 「設計図?何です?」 「何か分からない。聞く前に向こうの工作員が消された。しばらく向こうの敷居は跨げないわね。」 すると宮本が口を開いた。 「昨日、陸幕の奴が来て、情報を置いてったんですが、そん中に設計図があったはずです。」 「ほんとに?」 「ええ。」 「じゃあ、それと照らし合わせて同じものか確認を。」 三枝は心なしかアクセルを踏み込んだ。 「そうか、さっきもらった設計図だが、やはり専門家に渡したほうがいいな。」 本庄は朋美の報告を聞いてから、その設計図を見て、いった。 「専門家?自衛隊ですか?」 「いや、川崎だ。岐阜に工場がある。そこに知り合いがいる。兵器設計の専門家だ。彼に聞いてみよう。明日飛んでくれ。」 「はい。ですが急がなくて良いんですか?」 「いいだろう。話を聞く限り戦争が始まるといった状況じゃないしな。やつが言っている革命が何であれ、明日行われるらしい演習がどんな物であれ、我々の管轄外だ。日本で起きないことには何も出来ない。それの阻止はCIAの仕事だよ。」 朋美は少し笑って「それもそうですね。」と言った。 「それから、出張中に撮った写真のフィルムと使った身分を提出しくれ。」 「はい。」 朋美はボストンバックの中から書類を出した。 「これが私が出張期間中に使用した偽名等の身分です。合計50セット。フィルムは午後には届くはずです。」 本庄はうなずく。 「では。」 朋美は敬礼して部屋を出た。 「お疲れさんです。」 宮本は課長室から出てきた朋美に一礼した。 「ええ、ちょっと休むわ。」 「帰られるんですか?」 「いえ、ここで寝るわ。」 と言って、朋美は毛布を奥の棚から引っ張り出した。非常用に置いてあるやつだ。 「明日の朝まで起こさないでね。もし起こしたら。」 「起こしたら。銃殺ですか。」 「硫酸で痕跡も無く。」 宮本が凍りついた。藤村の姉さんならやりかねない。 「冗談よ。」 朋美はそのまま眠りに付いた。 第3留置所内の奥、ウラジミールの柵の前に三枝は立った。 「お前の言った革命は明日か?」 「そういうことになる。」 ウラジミールは涼しく答えた。 「黙秘はしないんだな。なあ、お前の言う革命って何だ?」 「明日分かるさ。」 沈黙が走る。 「お前いくつだ?」 ウラジミールが唐突に聞く。唐突だったので三枝も答えてしまう。 「……今年で28だ。」 「そうか、俺と同い年だ。」 三枝は少し驚いた。 「何で、亡命を考える?」 今度は三枝が聞いた。 「なぜか?……強いて言うなら、現実への絶望かな。」 「絶望?ソビエトはユートピアじゃないのか?労働者たちの?」 「私は労働者ではない。学者だ。しかし、労働者でもあの国は楽園ではない。しかし、君の国も楽園ではない。結局そこを楽園とするには、主義は関係ないんだよ。」 三枝はしゃがんで、ウラジミールと同じ目線で聞いた。 「君は何故、警察官になった?」 「俺ゃ、大学の学費が払えなくてな。だからなった。あんたは何で科学者に。」 ウラジミールは一拍置いて言った。 「親の影響さ、親は核兵器を作っていた。俺も携わった。」 「そうか。」 「なんだ。取り乱さないのか?」 「ああ?広島のことか、もう忘れつつあるな。」 「そうなのか。」 「大戦の記憶を忘れようとしてるんだ。」 そのとき、留置所のドアがひらいた。 「三枝さん!課長が調書の報告書早く出せって!あと明日朝早いからねとけって!」 例の制服警官だ。 「おう!」 三枝は立ち上がるとウラジミールを一瞥して、留置所を出て行った。 そして9月6日、この情報を知っている各情報機関が警戒している中 午後1時22分、航空自衛隊奥尻レーダーサイトが一機の正体不明機を捉えた。 その北の空で捉えた一機の戦闘機の翼には、 鮮やかな赤い星が描かれていた。 第2章へ続く。 |
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2008/08/15:バラクーダさんから頂きました。
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