蒼空舞曲
外洋機動艦隊 外伝




 彼女が目を開けた時、彼女は機械鳥の中にいた。
 戦う為の兵器の中で、目を覚ました。
 人は言う。
 彼女は兵器だと。
 だが、一人の男が否、と言った。
 そして、続けた。
 彼女は人間だ、と。




 PHASE-01
 [覚醒]




 2053年7月22日 午前2時10分
 駿河湾南方沖上空

「……」
 鷺崎政信少尉は、何も言わず左手を覆うグローブを捲り、左手首にはめた腕時計を見た。回転ベゼルにクロノグラフ、高い防水性を備え、さらにブレスレット部分は、パーツの一つ一つを金属塊から削り出したソリッドブロックタイプという、何ともいかついデザインに仕上げられたそれは、蒼白い月明かりを静かに反射しながら、決して止まる事無く時間を正確に刻んでいた。
 鷺崎は、数秒間時計を見詰めると、視線を上げ、左手のグローブに伸びていた右手をフライトスティックに戻した。
 細面で左頬に大きな古傷がある顔も、今はヘルメットと酸素マスクに隠されていて見ることは出来ない。
 鷺崎は、ちらりと耐Gシートの後ろにある物を見た。電子機器に混じって鎮座する金属製の箱。先日、合同演習の為に向かった厚木基地で搭載された物だ。新型サポート機器としか説明を受けていないそれは、厚木から静岡基地へ帰る途中も、またその後の訓練飛行や哨戒任務時にも動いている気配は無かった。
 それに関しては、鷺崎も、また僚機を務める大城良一少尉も不思議に思い、基地司令である葉山俊二少将に訊いてみたが、「軍事機密だ」と言って詳しくは教えてもらえなかった。
 ただ、そのシステム名だけは、聞かされた。
「MLシステム、か」
 鷺崎は、呟くと、ぶるる、と身震いした。風邪を引いたか? 違う。寒気が、背筋を駆け抜けたのだ。一瞬だけなら、まだしも、寒気はじわじわと強くなる。
「クソッ。何か変だぞ。もう戻るか?」
 任務中とは言え、パイロットは身体が資本。体調に異変を来したなら、充分に帰還の理由には成りうるだろう、と考え、残り時間も僅かな哨戒任務を早めに切り上げて帰還すべく、基地との通信を開こうとした時だった。
「何だ? レーダーに今何か……」
 そう、一瞬ではあったが、レーダーに光点が映り込んだのだ。鷺崎は、帰還の為の無線を一旦諦め、僚機との通信を開く。
「シエラよりジャベリン、今レーダーに何か映らなかったか?」
『ジャベリンよりシエラ。レーダーには何の反応も無いぞ。レーダー感度も低い。見間違いじゃないのか?』
 大城からの答えは、否、だった。気のせいか、と鷺崎自身も思った時。
《――南だ》
「何だ……?」
 不意に、声がした。
 大城かと考えたが、まず声色が違い過ぎる。男では無く女――しかも、少女のものらしき声だった。
《南に向かうんだ――》
「南、だと……?」
《――そうだ》
 口調こそぶっきらぼうだが、音域は決して不快な物ではない、凛としていて心地良い綺麗なアルトだ。
 それよりも、と鷺崎は思う。さっきから、この声は何を言っているのだろう。南に何があると言うのか。無視する事も出来るが、先程からうっすらと感じる寒気といい、今日は何かが変だ。
 妙な胸騒ぎも、声に従って確認してみれば、あるいは解決するかもしれない。よし。
「シエラよりジャベリン。針路変更。南へ向かうぞ」
『了解。後を追う』
 幾多の星を纏った夜空の下を鷺崎が乗るSu-37jkフランカー・ゼロ・アクーラ――機体上面をチャコールグレー、下面を白く塗り、垂直尾翼に鮫(アクーラ)のシルエットを白く描き込んだ――と、大城が乗る白、灰色、紺色のスプリッター迷彩に塗装したSu-37jkフランカー・ゼロ・リート――垂直尾翼に交差した槍を描いた――が、互いの距離を保ったまま旋回していった。

「レーダー感度18%……。下がって来たな。レーダーもあまりアテにならないな」
 鷺崎は、そう言いながら周囲を見渡した。声と自分の勘に従って来てみたが、星と月に照らされる空と海しか見えない。
『おい、シエラ。何か見えるか?』
「星と月と空が見える」
 鷺崎が冗談めかして答えると、大城は呆れ半分の声を上げた。
『んなこた分かってる。こっちでもそれぐらいは見えるさ。俺が言ってるのは、それ以外だよ。それ以外』
「そうだなあ……。レーダーはアテにならんし、見える範囲には何も――」
 その時だった。
《――上だッ!》
 鷺崎の言葉を遮って、先程の声が鋭さを剥き出しにした警告を発する。
「――ッ!」
 声につられるように上を仰ぐと、赤と緑の光点の群れが高速で駆け下りて来る所だった。航空機の翼端灯だ。
 夜空よりもなお暗い影の正体を、月明かりが一瞬だけ照らした。どこか曲線的なフォルムで、ゼロとほぼ同じ大きさの機体。
 Su-33。その数、4。
「ブレイク!」
 とっさに、フライトスティックとラダーペダルとスロットルを操作する。ゼロ・アクーラとゼロ・リートが翼を翻して散開行動を取る。一瞬前まで2機がいた空間を曳光弾が薙いだ。
『撃って来たぞ! 反撃していいな!?』
「構うな、撃て! どうせテロリスト共だ!」
 鷺崎は、すれ違ったSu-33の垂直尾翼を見た。そこには――
「剣に絡み付く蛇のエンブレム……まさか奴らか!?」
 ブリーフィングで何度も見た部隊章。日本の戦闘機パイロットならば誰もが知っている。何度も本土上空に侵入して来た部隊だ。テロ組織の精鋭部隊。ただ、残党狩りを境に弱体化したと言われている。
「至急至急! こちらシエラ、シズオカ・コントロール、応答せよ! シズオカ・コントロール!」
 しかし、応答は無かった。
 低レーダー感度下では、レーダーのみならず、通信が届く距離も短くなる。現に、レーダー感度は18%から10%に低下していた。
『おい、シエラ! 増援は呼べねえのかよ!?』
 大城が悲痛な叫びを発する。
「無理だ! 通信が届かない!」
『クソッ! 俺達だけでやれってか!?』
 そうこうしている内にも、Su-33の編隊は2人に迫っていた。
《後ろから来るぞ。2機だ》
 どうやら、相手は鷺崎達を確実に始末したいらしく、1対2で仕掛けて来ているらしい。鷺崎は、背筋を刺激する感覚に促されるまま、機体をバレルロールさせた。キャノピーのすぐ近くを無数のオレンジ色の火矢と、それを追うように2機のSu-33が駆け抜ける。
「野郎!」
 追い抜きざまに散開した2機の内の1機に狙いを定めた鷺崎は射撃軸線に乗せようとするが、風に揺れる落ち葉のように機体を小刻みに揺らして、巧みに軸線から外れる敵機をなかなか捉えられない。
《左!》
 鷺崎はとっさにゼロ・アクーラを降下させた。そのまま追い掛けていたら、確実に蜂の巣にされていたであろうコースで30mm弾が頭上を通り過ぎた。鷺崎は歯噛みした。容易に射撃位置を取らせない機動と、練度の高いチームワークは、顔も名前も知らない相手が、相当な手練れである事を何よりも雄弁に物語っていた。
 テロ組織は残党となり果ててもなお、隠し弾を持ち合わせていたのだ。そして、一度弱体化した部隊は、腕を上げて再び牙を剥いて来たのだ。
《勝ちたいか?》
 突然の問い掛けだった。
《力が欲しいか?》
 一瞬だけ間を置いてさらにたたみかけるように訊いてくる。応えを急かすように。
 鷺崎は、空戦機動を取りながら、少し考えた。
「そうだな……。勝てるのならば、勝ちたいな。正直、この状況はツラい」
 本音をポツリと漏らすと、声の主が笑ったように感じた。
《分かった。では、もう一つ》
 さらに訊いてくる気だ。
《貴方にとって、アクーラは――ゼロ・アクーラとは何だ?》
「決まってる。何物にも代えられない、大事な戦友だ」
 間髪入れずに、何の躊躇も無く鷺崎が答えると、声は明らかに満足した様子で言った。
《戦友か。なるほど、充分だ》
 ずっと感じていた寒気が、急激に増した気がした。
《勝つには――充分だ!》
 視界が一気に開け、空に存在するあらゆる物が――雲一つに至るまで――どこにあるかを手に取るように感じられた。
「うおッ……!? 何が起こった!? いや、それ以前に……誰なんだ!?」
 声は、その問いに答えるように高らかに宣言する。
《私はアクーラ。ゼロ・アクーラそのものでもあり、そのものでもない。共に勝利を掴もう。ここからは、私達の独壇場だ》
 突然、声の主の輪郭が明らかになる。鷺崎には、声の主が闇の中から現れたように思えた。
 腰の辺りまで伸びた白銀の髪に、薄蒼色の双眸。声の印象に違わず凛とした顔付きは、しかし、どこか幼さを垣間見る事が出来た。着用しているのは、背広に似た開襟型ボタン留めの上着に、両サイドにスリットの入った丈の短いタイトスカート、腰を革製の太いベルトで締めている。色は白だが、胸ポケットのフラップ(ポケットの口を覆う蓋の事)は黒だった。上着の下はYシャツ、黒のネクタイを締めていて、同じく黒のオーバーニーソックスを履いている。身長は170cm弱、年の頃にして18歳位だろうか。
《始めようか、マスター》
 その声を合図にゼロ・アクーラは左へ上昇旋回。敵機の背後に一気に詰め寄る。それに気付いた敵機も急旋回して振り切ろうとするが、ゼロ・アクーラはぴったりと後を追い掛ける。鷺崎は、今までに無い感覚を感じていた。敵機の動きを、ことごとく読み取れる。いや、感じ取れると言った方が正しいか。ゼロ・アクーラの後方から接近する敵機の動きも、また然り。
 低レーダー感度である事は、変わらないまま。敵機はガンキルを狙っているらしく、距離を詰めてくる。鷺崎は、相手がゼロ・アクーラにピパーを重ねる直前のタイミングを見計らって、フレアを射出した。複数の光源が瞬間的に夜空に散らばり、周囲を照らし出す。突然の行動に虚を突かれたのか、一瞬、機動が乱れた。ゼロ・アクーラ、減速して機首を一気に引き上げ、コブラ機動。背後から迫っていたSu-33は、対処しきれず追い越してしまう。ゼロ・アクーラは、姿勢がコブラ機動から回復した瞬間、1機のSu-33をピパーに収めた。
 20mmガトリング砲が吠える。無数の徹甲焼夷弾が、空を突き進み、Su-33に吸い込まれるように命中した。機体を撫でるように次々と弾痕が刻まれ、それはコクピットまで伸びた。キャノピーに血の華が咲いた次の瞬間、ガックリと機首を下に向ける。
 煙と破片を撒き散らしながら、Su-33は墜落。海面に激突した。残り1機。鷺崎はIRSTで孤軍となったSu-33を睨む。
「やるぞ、アクーラ。AAM3、モーニング・コール」
《分かった。AAM3、モーニング・コール》
 R-73jkアーチャー起動。先端のシーカーがSu-33を熱源として捕捉する。
「FOX3!」
 鷺崎がフライトスティックのリリース・ボタンを押し込むと、R-73jkは固体ロケットモーターで加速。空中で急旋回して、回避行動中のSu-33に鎌首をもたげて食らい付く。チャフとフレアを撒いたが遅かった。近接信管作動、空中で弾け飛んだR-73jkの連続ロッドの華は、Su-33に容赦無く襲いかかった。破片が貫通した破孔で増大した空気抵抗が脆くなった主翼をもぎ取った。
 揚力を剥ぎ取られたSu-33は、ロウで固めた翼を奪われたイカロスの如く、急速に高度を落としていく。際限無く加わる速度がさらに空気抵抗を増やし、Su-33は見る見るその形を崩していった。ジェットエンジンの吸気音が断末魔にも似た残響を奏でる。
 やがて、破片と煙の尾を曳きながら、海面に激突した。ゼロ・アクーラの遥か下方で白濁した水柱が上がった。
「スプラッシュ・ダウン!」
 鷺崎が、誰に対してでもなく撃墜を報告する。
《敵機撃墜を確認。パイロットは――脱出出来なかったみたいだ》
「2機ともか?」
 問い掛けに、アクーラは無言で頷いた。
「……そうか」
 鷺崎は目を細めて、敵機が沈んだ海を見下ろした。墨を流したような色合いの闇に満たされていて、何も見る事はできなかったが。鷺崎は、一度溜め息を突くと、正面に向き直った。
「しかし、助かったよ。あの時警告してくれなかったら、とっくに墜ちていたな。ありがとう、アクーラ」
《礼はいい。マスターを助けるのが私の役目だから》
 言っている事は結構クールだが、アクーラの表情は、どこか嬉しそうだった。
「役目、か。これからよろしく頼む」
《分かった。命に代えてでも、貴方を守ろう》
 アクーラの口調は、凛とした面立ちに似合って、どこか固いものだった。
 それにしても、と鷺崎はアクーラのビジュアルイメージを改めて観察する。何と言うか、ムチムチと言うか、グラマラスと言うか、ボリュームのある豊満な体つきだった。まず目を引くのが、大きな胸だ。軍服を大きく丸く押し上げていて、ボタンが少し窮屈そうにも見える。丈の短いスカート下からは、肉付きの良い太腿が伸びている。オーバーニーソックスが、太腿の中程まであるにも関わらず、素肌が覗いている事を考えると、スカートの丈は推して知るべし、と言った所か。
 腰回りも若干太めだろうか? それでも、全体のバランスを崩すには至っておらず、出て、引っ込んで、出てという見事なコークボトル体型である。
 それでいて、面立ちは凛としていて、体型とのギャップがまた……と考えた所で、無線がガリガリと音を立てた。
『……ちら、…………コン…………ル! ……ラ、…………ベリン、……答せよ!』
 雑音混じりに管制官の悲鳴じみた声が響く。
『……やれやれ、やっと通信が回復したか? もうおせえけどよ』
 大城が、うんざりした様子で呟く。今まで、下がる一方だったレーダー感度は、ここに来て回復し始めていた。タイミングの悪さと言うのは、どうしてこうも重なるのか。
『シズオカ・コントロールより、シエラ、ジャベリン! 何が起こっている!? 応答せよ!』
「誰のせいでもないぞ、ジャベリン。……シエラよりシズオカ・コントロール。残党部隊の攻撃を受けたが、全機撃墜した」
 無線の向こうで、管制官が息を飲むのが分かった。
『何だと!? まだ残党がいたのか。損害は?』
「幾らか被弾したが、飛行に支障は無い」
『了解した。整備班を待機させる。シエラ、ジャベリン、哨戒任務は終了だ。帰投せよ』
「了解。RTB」
 それを最後に、基地との通信を切る。
『やれやれ、とんだ哨戒任務になっちまったなぁ。ところで、よォ……鷺崎』
「どうした?」
『……いや、何でも無い』
 思った事を思った通りに口にする大城にしては、妙に歯切れが悪かった。
「お前らしくないぞ。一体……」
『本当に何でも無いんだ。忘れてくれ』
 何があった、と言い切る前に、大城は重ねて言って来た。鷺崎には、何となく察しが付いた。大城のゼロ・リートにも、「ゼロ・アクーラと同じ物が搭載されて」いる。ならば、「ゼロ・アクーラに起こった現象と同じ事が起こった」のだろう、と。
 だが、鷺崎は、「そうか」とだけの短い答えを返した。相手が望まない事をしても、互いが不利益を被るだけだ。
 結局、鷺崎も大城も、基地に戻るまで、ずっと黙ったままだった。「機体に起こった現象」も、そして何より、「襲撃して来たSu-33がどうやって日本近海までやって来たのか」も、話題にすら、上らなかった。



同日 午前11時00分
日本空軍 静岡基地

 太陽が高い位置から照らし付けていた。夜中の襲撃事件すらも、太陽にとっては取るに足らない事らしく、地上の気温をジリジリと上げ続ける事に専念していると思える程に暑かった。
 静岡基地は、元々民間の空港として始まった。ところが、開港当初から経営難に悩まされた。一定の割合まで座席が埋まらなかった場合に支払われる搭乗率補償――これには多額の県からの補助金が投入されていた――が、県の財政を圧迫した。
 ところが、2045年に状況は一変する。テロ戦争の開戦と日本軍の再結成である。防空能力強化を第一義とした日本空軍が目を付けたのが当時の静岡空港であった。軍は最初、軍民共用を提案したが、県は空軍に、早々に売却を逆提案して来た。軍も「それならそれで」とばかりに空港を買い取ると、急ピッチで基地機能を整備し、2047年には、2個飛行中隊を基幹とする第11航空団が配属され、2051年末に1個飛行中隊が嘉手納に配置換えとなる。それと入れ替わる形で入って来たのが、鷺崎、大城が所属する第171飛行隊だ。その後、第11航空団は残党狩りの際、イラクに派遣。航空部隊として最後まで残り、現在に至る。
「暑い……」
 静岡基地の滑走路脇、誘導路と駐機場を挟んで並んでいる、巨大カマボコに両開きの扉を付けたような風体の格納庫の中で翼を休めているゼロ・アクーラのコクピットで鷺崎は既に何回呟いたか分からない形容詞を口にした。
 髪を短く刈っている――それでもボサボサ感があるという事は、凄い癖っ毛なのだろう――ため、顔面汗だくなのが丸分かりである。左頬を斜めに走る大きな古傷がある細面には、明らかに倦怠感が浮き出ている。
 顎の辺りまで伝い落ちた汗を手の甲で拭いながらメインディスプレイを操作している彼を見かねたアクーラが《大丈夫か?》と、しきりに訊いて来るが「平気だ」、「暑いのは慣れてる」と答えて作業を続けていた。
 すると、そこへ大城がやって来た。
 鷺崎より髪を伸ばしているため当然のように長い前髪の下の表情は、何事かをずっと考え込んでいる感じだった。
「どうかしたか?」
 鷺崎が当たり障りの無い問い掛けをすると、大城は一瞬躊躇うような仕草を見せた。が、ゆっくりと口を開く。
「夜中の事なんだ……。なあ、戦闘中に、知らない声が聞こえたって言ったら……お前、信じるか?」
 鷺崎は、わずかに目を細めた。その瞬間、ゼロ・アクーラのコミュニケーション・カメラが音を立てた。アクーラが自分を見ている、と直感的に感じた鷺崎は、次に周囲を見る。
 数人しかいないとは言え、整備兵が何事かと訝しげにこちらを見ていた。
「場所を変えよう。俺の部屋だ」
 それだけ言うと、鷺崎はコクピットから抜け出し、大城を連れて格納庫を後にする。

 残されたアクーラは、一人でボンヤリと考えていた。
(あの人が私のマスター、か)
 鷺崎に対するアクーラの第一印象は、物静か、だった。だが同時に、鷺崎の暗い部分も感じ取った。誰にも話していない過去を引きずっている、とも思えた。
(さて、私をちゃんと受け入れてくれるかな?)
 アクーラの凛とした顔に、少しだけ不安の色が宿る。
 と。
(ん?)
 ヘリの音が近付き始めていた。

 鷺崎の部屋は、「整頓されている」と「散らかっている」の中間だった。部屋の真ん中にあるテーブルの上には、数本の空のペットボトルと積み重ねられた古い映画のディスク、工具箱、ベルトが分解されたままの腕時計。窓際のデスクには電源が点いたままのノートパソコンに、大量の走り書きがなされたメモ用紙や紙の束。部屋の隅には文庫本や雑誌、ファイルが積み上げられていた。
 要するに、掃除や片付けをあまりしない人間の部屋だ。
 大城と共に自室に入った鷺崎がドアを締めると、大城は話を再開した。
「でよ、さっきの話だけど……」
「戦闘中に知らない声が聞こえたって話だろ? 信じるも何も、俺も聞いた」
 大城は目を見開いた。
「本当か?」
「本当だ。敵がどこから来るかを、正確に言い当てた」
「俺もだ」
 話を進めていくうちに、声が自分を助けようとした事、お互いが聞いた声色は違う事が分かった。
「なあ、俺達はいかれちまったのか?」
 大城が怯えた様子で言うため、鷺崎は思わず声を大きくした。
「馬鹿言え。二人同時にいかれる事なんてあるか。偶然にも程があるぞ」
 起きた事をありのまま受け入れられる鷺崎と違って、大城は理屈で説明出来ない事をなかなか受け入れられない。その結果が、この怯え様である。
 が、話は途中で打ち切りとなった。
『通達する。第171飛行隊所属、鷺崎少尉、大城少尉、第2会議室に集合せよ』
 二人は顔を見合わせた。

 第2会議室は、窓が南側に面しているため、一年中日当たりがいい。冬ならまだしも、そのせいで、夏場はたまったものではなくなるが。現に今も、ブラインドを締め切ってエアコンを強めに掛けて、ようやく適温である。そんな間取りを恨めしく思いながら、葉山俊二少将は、制帽の下の表情を全く変えないTAシステム軍団所属の青年将校を見やった。
 目深に被った制帽の下で、一対の目が少しだけめくったブラインドの向こう側の景色を睨んでいる。年齢は30歳程だろうか。畑中健二、空軍少佐。TAシステム軍団のMLシステム担当。生真面目そうな印象の士官、というのが、葉山が彼に抱く印象だった。
 葉山が理由も無く、何度目か分からない溜め息を突いた時、控え目にノックの音がした。

「第171飛行隊、鷺崎少尉、大城少尉、出頭しました」
 ドアの前で名乗ると、くぐもった声で「入れ」と入室を促され、二人は「失礼します」と言ってドアをくぐる。まるで、高校受験の面接の練習のような風景だが、軍隊という何よりも規律を重んじる組織では、当たり前の事である。
「突然呼び出してすまんな。だが、当事者である君達にも、そろそろ説明するべき頃合かと思ってね」
 開口一番、葉山が言う。鷺崎は何となく察しの付いた顔だが、大城は「何を説明するのか?」と言いたげに頭の上に疑問符を浮かべている。
「畑中少佐、後は頼む」
「了解しました」
 畑中少佐は、小脇に抱えていた分厚いファイルを開きながら、鷺崎と大城に向き直る。
「鷺崎少尉と大城少尉ですね。あ、自分、TAシステム軍団所属の畑中少佐です。今日は、お二人の機体に搭載されたMLシステムについて説明するために来ました」
「はあ……」
 少佐という割には物腰の丁寧な感じに、鷺崎と大城は戸惑い気味だ。まあ、無理も無いか。
「早速本題に入りますが、お二人は飛行中に、知らない声を聞きましたか?」
「聞きましたよ」「聞きました」
 鷺崎と大城は、率直過ぎる質問に答えた。
「では……声の主の姿を見ましたか?」
「見ました」「見てません」
 ここで、二人の答えは食い違った。
 鷺崎と大城は、「え?」と言いながらお互いを見た。
「なるほど。『覚醒』の度合いに差があるようですね」
 畑中は、人の良さそうな笑顔のまま続けた。
「では説明しましょう。その声も姿も、MLシステムによるものです」

 外でセミが鳴いていた。
 訓練飛行のためだろうか。12機のSu-37jkが次々と駐機場に整列する。その間をエンジン音にかき消されないように怒号で指示と復唱を交わしながら地上要員が走り回る。
「ウルフパック・リーダーよりコントロール。離陸許可を求める」
 パイロットの一人が管制塔に伝えた。

「MLシステム? どこかで……まさか」
 鷺崎は葉山を睨むように見やる。
「司令。知っていましたね? 我々の機体に搭載された物が何なのか」
「無論だ」
 葉山は無表情に徹したままだ。
「だが、このシステムは軍事機密の扱いでね。君達パイロットは勿論の事、整備兵達にも知らせていない」
「そんな物を……」
「厚木基地に搭載を命じたのは、我々です。司令を責めるのは筋違いですよ。説明を続けても?」
 畑中の表情もまた、変わらないままだった。だが、奥底に言い知れぬ威圧感を感じた鷺崎は、葉山に向けようとしていた矛先を納めざるを得なかった。
「では、説明を続けます。MLシステムとは――『機械であっても大切に扱えば、心が宿る』、それを具現化したシステムであり、お二人が聞いた声、鷺崎少尉が見た姿は、MLシステムが生み出した精神生命体という存在です」
「精神生命体?」
「略してMC。正確に言えば、機体の残留思念からMLシステムが生み出した、という感じですかね」
「……パイロットには、何の利点が?」
「今日の戦闘で経験されているはずですよ。MCの補助による、パイロット、ひいては機体の生存確率の向上。その為には、MCとの信頼関係が必要となります。ですが、信頼関係が強くなればなる程、発揮される能力は高くなります」
「……とりあえず、スゴいシステムが搭載されたのと、声が聞こえたのは現実だってのは分かりました」
 今までずっと黙り込んでいた大城だった。
「今は、その認識で大丈夫です。詳しい話は、まあ、追い追い、という事で」
 畑中は「もう戻って下さっていいですよ」と言ったので、鷺崎と大城は退室する。

 ドアが完全に締まり切ると、葉山が口を開いた。
「少佐、彼らにいくつか話していない事があるだろう?」
「さて、何の事でしょうか?」
 畑中の返答になってない返答に、葉山は右の口角を吊り上げて笑った。
「まったく。食えない奴だ」





 2013/01/04:平井さんから頂きました。
「アクーラはあれですね、ムチムチプリンッのオフィスレディ! 目のやりどころに困──」
「…………(じーっ」
「っはぅぁ!?」
「ジェイン動乱前のお話だネ。Su-33も関係ありそう」
「いろいろと活発になっている時期ですわ、いろいろと」
「もう一人のMCも気になるネ」


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