気圏戦闘機・隕鉄


第一話


 馬鹿な仕事だと、いつも思う。
 第四航空師団、四十二特殊戦闘飛行隊、伊佐部 鷹文(いさべ たかふみ)は、自分の仕事に誇りをもてない男だった。
 社会的にはエリートと認知される仕事ではあるだろう。故国の空を守る不審機に対する攻撃任務も備えた大型戦闘機『隕鉄』は、通常の空戦を行う機体よりもはるかに高度で金のかかるアビオニクス、無限に近い飛行航続時間を持つ核融合エンジン、超超音速巡航性能を供えた機体だ。
 パワーブースターを装備することで大気圏を脱出し、攻撃衛星を撃破することすら可能な凄まじい大推力。腹に抱える獲物は対衛星用核ミサイル。敵の目を潰すことを主任務とするワイルドウィーゼルミッション(対電子索敵装置破壊任務)。
 
 だが、ドッグファイターという存在はこの時代実に稀だ。
 レーダー技術が発達した昨今、戦闘の主力はミサイルだ。RAY−GUN(光線機銃)は格闘距離でしか使用しない。光の速度で正射される必中の魔槍は敵を逃すことはない。しかし空気という分厚い壁の中ではその集積度が著しく減退する。必中ではあっても射程はミサイルに劣る。
 ファストルック・ファストキル。
 先制発見、先制撃破。2000年には確立されていた空戦の必勝の方程式は未だに破られていないまま。
 戦いの勝敗を決めるもの、それは高性能のフェイズドアレイレーダーによる敵の早期発見、そして敵よりも長い射程を誇る長射程のミサイル。

「まるでミサイリアー(巡航ミサイル発射母機)だな」

 高機動力も、高性能も必要ないのではないか。闘うのはミサイルとレーダーではないのか。苦笑する。変に馬鹿馬鹿しい。なにがファイターだ。
 そこまで考えて、伊佐部は自分が変わった事を思い出した。



 彼は最初航宙空軍ではなく、宇宙飛行士を目指していた筈だった。
 宇宙に出れば、隕石兵器によって舞い上がった大気を覆うチリを通さずに空を見ることができたはずだった。
 祖父は語っていた。

 昔はもっと空は蒼く、美しかったと。
 夜空には青色のキャンパスに銀色の粉を振り撒いた様な美しい光景が何時も在ったのだと。

 それはすでに夢物語になって久しい。過去に奪われた幻想の風景だった。
 今、彼は任務の途中ではあっても、本来人が得るはずの空を見ることのできる高みにいる。

 だが、それは祖父が涙を浮かべながら言葉に情感を詰めて咽ぶように語る夜空ではないのだと常に実感する。
 そこにあるのは青々とした大気を通して見られる夜空ではなく、人の営みを拒むさむざむとした絶対零度の宇宙空間でしかない。

 夜空の青は、散らばる銀の星達は既に幻想となって久しかった。
 
「大気圏突破。CIC,聞こえるか。こちら対宇宙攻撃機『夜鷹』、衛星軌道に到着した」
 
 後部座席のフライトオフィサ席、相棒のヤヒガン少尉が基地と連絡を開始する。
 
『こちらCIC、了解。『夜鷹』後2分で攻撃目標と接触する。攻撃準備』
「『夜鷹』、了解。相棒、カウントを」
「了解、……119」

 操縦幹を握り締めながら武装を確認、マスターアームスイッチ。AAMW−6、レディ、AAMV−4、レディ、AAMU−2レディ、AAMT−4レディ、RAY−GUN、レディ。
 ASM−1、レディ。本命の一発を覚醒(アウェイク)、発射体制を整える。セイフティピンを抜くとき、新米の整備士が震えていたことを思い出す。
 アンチ・シップ・ミサイルではない。アンチ・スター・ミサイル。星を砕くために作られた戦術核弾頭だ。
 
 通常、これほどの重装備ならば空戦では運動性を劣化させる。
 だが、宇宙空間ではそんな戦闘も発生のしようがない。機体を覆う翼も、空力を生かすための可変翼も、つかむべき大気がなければ意味を成さない。
 宇宙での戦闘における運動性を決めるものは、推進剤の量、エンジンの出力、スラスターの数だ。
  
「40……、39……」
 
 意識を外にやっていた彼はフライトオフィサ席の相棒のカウントにようやく思い出した。
 機体全ての動翼を制御する感圧式のスティックに余計な付加をかけぬように軽く握りこむ。機体が緊張するように震える。俺の震えにすらダイレクトに反応しているのか。
 機が俺を笑っているようで慣れないな、自嘲気味に笑う。

「20……、19……」
「推力上昇」

 巡航出力(ミリタリー)から最大戦速(マキシマム)へ。  
 無限に等しい出力を持つ核融合エンジンが、後背からアフターバーナーの猛烈な尾を引き全身を開始する。全周囲カメラが移す宇宙を見上げた。黒い、ひたすらに黒い。祖父は最後まで蒼い夜空を見たいと呟きながらさびしげに死んでしまった。今自分は祖父が見たいと言っていたものを見ている。
 だが、その空は驚くほどに冷たい色しか見せてはくれなかった。
 空に、一点、小さな点が見える。ゴマ粒に見えなかったそれは、徐々に姿を大きくして『隕鉄』と併走するように落ちてくる。AT(エリアルターゲット)ボックスがその点を囲んだ。攻撃目標だ。
 操縦桿を引き、機首を上げる。
 相対速度合わし、攻撃位置へ。

「『夜鷹』、攻撃開始する」
「了解、敵衛星より無人迎撃機の発進を確認」
「腹のデカブツを落とされちゃかなわない。撃破する」

 HUDに敵影を捉える。肉眼では目視できないほどの距離の敵もATボックスが囲む。赤く染まり、射程内補足を示す信号音が鳴った。同時にトリガーボタンをオン。軽い振動と共に6発のAAMW(超長射程対空ミサイル)が切り離され、ロケットモーター点火。オレンジの尾を引きながらミサイルが直進する。3、2、1、着弾。
 黒い空に、染みのような赤い爆散の輝きと煙が咲いた。
 
「全弾命中。撃墜6、続けて8機接近、ヘッドオン」
「了解、AAMV(長射程対空ミサイル)−4、覚醒(アウェイク)」

 トリガーオン。続けて4発が発射される。
 伸びる高性能ミサイルは続けざまに敵影を狙う。回避機動を開始する無人機。
 爆発の輝きがきらめく。

「撃墜3、回避1.残り5機。地球重力に引きずられるなよ」
「任せろ」

 ヤヒガン少尉の声が響く。同時にレーダーをドッグファイトへ。
 推力、さらに上昇。敵陣に突進するように前進。ミサイル回避軌道を行うために編隊を崩した敵機の一つを追いかける。縦ロール、操縦桿を引き四G旋回。無人機の後背を取った。視線を敵影に向ける。
 ヘルメット内のカメラが瞳の動きに追随。距離メーターが縮まる。加速、更に縮まる。射程距離。攻撃範囲であることを示すアラートが鳴る。殺せ、堕とせ、と命じるように。武装をAAMT(短距離対空ミサイル)へ切り替え。トリガーを握る手に力が篭もる。かすかに翼が震えた。

「フォックス1!」
 
 ミサイル発射。伸びるそれは狙いを外さず直進。回避機動する暇も与えない攻撃。命中。爆発、閃光。
 同時に敵のミサイル誘導波を確認。警告、警告。
 警告音はミサイルアラートへとすぐに変化する。振り向く、相棒のヤヒガン少尉の後ろにミサイルの影、注目を促すように赤いアラートランプが囲んでいる。
 エルロンロール。機体を背面飛行させ同時に操縦桿を引く。パワーダイブ。強烈な6Gに頬が引き攣った。地球大気に掠めたか、機体の表面温度が急速に上昇する。例え厳重に封じられているとはいえ、核を抱えた状態では誘爆しないかとひやりとする。

「注意、地球重力に引かれ始めている」
「隕鉄はこの程度じゃ落ちてやらん」

 機首起こし、ループ機動。地球重力への落下速度を加算した猛烈な速力でズーム上昇。自分に攻撃をした相手に牙をむく。レディ、GUN。自機めがけ飛来するミサイルに照準レティクル合わせ。稼動音と共に光の速度で灼熱の光槍が伸びる。爆発。ミサイル撃墜。
 そのまま退避行動に移っていた敵機の下腹をえぐるように上昇。90度ビームアタック。
 照準内、正射。
 敵無人機に穴が開く。まるで木の葉を突き破るような容易さで鋼鉄の装甲に穴が刻まれる。虫食いにやられたような醜い傷がいくつも生まれ、爆発した。
 同時にエネルギーカプセルが排莢。再装填音。

「警告、後1分で目標、攻撃可能域より離脱する」
「……了解、手早く殺る」
 
 見れば攻撃目標はかなり遠くの軌道をたどっている。
 衛星を追うため操縦桿を前に倒す。マイナスG、浮くような軽い失調感。先端が大気圏をかすめる。同時に全周囲モニターが真紅に染まる。画像補正開始、大気との摩擦による画像を修正し、元の地球の姿と黒い宇宙の色が取り戻される。
 前方より2機、正面からミサイル接近。
 
「ミサイル残りで相手をする。迎撃と攻撃、双方だ」
「了解、AAMU(中距離対空ミサイル)−2、AMM(アンチミサイルミサイル)モード、データロード開始……、終了」

 捕捉。自機めがけて前進してくる敵ミサイルに対してこちらもミサイル迎撃を開始。切り離された二つのミサイルは前進を開始。回避しようとする敵ミサイルの回避アルゴリズムを読み、近接信管作動。ミサイル自爆、その爆発の巻き添えにする。

「迎撃成功」
「続けてAAMT(短距離空対空ミサイル)、行くぞ」

 安全を確保するために離脱すれば攻撃目標へ届かなくなる。逃げる事は出来ない。敵機からの機銃弾が迫る距離へ前進、同時に2発のミサイルを発射、伸びる弾頭が敵影めがけて飛翔する。同時に至近を弾丸が掠める。被弾……、ゼロ。音を伝えない宇宙空間では命中すれば衝撃と轟音、運が悪いと酸素の抜ける不吉な音が響く。無音なら平常だ。

 伸びたミサイルは敵を仕留める。撃墜。
 更に、加速。最後の仕上げに掛かる。本命の一発。ASM、セット。

「敵攻撃目標、射程に補足」
「了解、ASM−1、フォックス1」

 ATボックスが衛星を補足。
 トリガーを引く。がこん、とひときわ大きな音と共に大型ミサイルが発射される。同時に『隕鉄』は核爆発の範囲から逃れるために最大推力で離脱。大気圏への最適進入角度を示すガイドビーコンの指示に従い大気圏突入を開始。
 後ろで、ひときわ巨大な輝きが満ちる。
 大きな大きな、灼熱の大輪。デブリ体の存在をひとかけらも許さぬ容赦なき業火の渦。増光率をマイナス最大に補正するカメラ越しに核爆発を鑑賞しながら『隕鉄』は大気圏を突破し、空へと降り立つ。空気がある手ごたえを操縦桿越しに感じながら鷹は、周囲を見回した。
 少し大気圏を突破しかけた衛星と共に起こった核爆発の衝撃波が埃を吹き飛ばしている。
 同円心上にぽっかりと明いた空を見上げ、鷹は自分がなぜこの仕事をやっているのかやっと思い出した。
 空を見上げる。
 幻の光景が、祖父の言っていた夜空が、この数分だけは奇跡のように空に満ちているからだった。
 伊佐部はその光景を見上げながら懐からカメラを取り出す。その行動にすでに慣れっこになっていたヤヒガン少尉はため息と苦笑を入り混じらせ、言った。
「アイハブ」
「ユーハブ」
 フラッシュの音が、瞬く。



 2006/05/21:ハリセンボンさんから頂きました。
秋元 「衛星迎撃用のミサイルですか。しかも核!」
アリス 「…………宇宙は放射線だらけです」
秋元 「衛星迎撃は浪漫ですな」

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