気圏戦闘機・隕鉄


第二話


 黒い、漆黒の夜空を舞う一体の戦闘機の姿がある。
 制空の機塊鳥、空を踊る鉄塊。その機体は機体前方から指示光を放ち、夜の闇の中、一直線に伸びる光の列を目指す。その視界の向こう側、基地に隣接する形でドームに包まれた巨大な都市が見えた。メガロポリス『七星』。あの中では地球全体が隕石塵に覆われる以前の環境を再現している。もちろんそれらすべて偽者の空だ。祖父はあのまがい物に満足できなかった。
 陽光が世界から失われて何年の月日がたったのだろう。空は闇に閉ざされたままだった。
 気圏戦闘機『隕鉄』。航空師団の中でもたった十六機しか製作されなかった虎の子は光に誘われるように半径の大きい旋回をする。
 後席、フライトオフィサ席のヤヒガン少尉の声が聞こえた。

「こちら、夜鷹、滑走路(ランナウェイ)を視認。これより着陸態勢(アプローチ)に入る」
『こちらタワー(管制塔)。ラジャー』

 通常の戦術爆撃機級の巨躯を誇る大型戦闘機である『隕鉄』を運用できる航空基地はあまり多くはない。空母では絶対不可能だろう。北斗七星の名を冠した航空基地『破軍』への着陸を行うため、メテオドライバーと称される『隕鉄』パイロット、伊佐部 鷹文(いさべ たかふみ)はラダー(舵)ペダルを踏んで斜めに延びる機体の垂直双尾翼を動かし右舷へスライド移動、着陸コースへ移る。ランディングギア、ダウン。格納されていた着陸用の脚部が出る。
 機首を下げる。操縦桿を少し前に倒しピッチ角をマイナス弛めに、速度をミニマムへ。徐々に機速を落とし、滑走路の上を舞う。
 タッチダウン。三本の脚部がアスファルトの地面にしっかりと設置。同時に脚部フルブレーキング、エアブレーキ全開。機体速度を落としにかかる。ゆっくりと速度を落とし、そのまま格納庫方面への移動を行おうとする。そこで鷹文は自機を誘導する誘導員が指示する場所がいつもと違うことに気づいた。
 誘導される機体を格納庫から展開し、武装装備を行うラストチャンスエリア。
 鷹文は、後席のヤヒガン少尉の方に目を向けた。たぶん、嫌な予感が顔に張り付いていたと思う。

「……どう思う? 相棒」
「残念ながらお前と同じ感想だね」
 


 核融合エンジンは無補給で無制限に飛行し続けることが可能な強力きわまるエンジン。
 しかし、機体がいくらでも飛び続けることが出来たとしてもパイロットはそうは行かない。戦えば消耗する。武装も装備しなければならない。そういう意味では補給をしなければならないのは至極当然のこと。
 だが、ほかの通常燃料を使用している戦闘機に比べれば無理が利くのは確かであり。
 そういった場合、無理をさせられるのは機体を運用する戦闘機パイロットの二人だった。全周囲モニターは未だに起動したまま。キャノピーは閉じられている。

『不機嫌そうな顔をしておるだろう? 鷹文中尉、ヤヒガン少尉』

 バイオハザード警戒として、放射能洗浄のために大量の水で洗浄された隕鉄の周りを防護服に身を包んだ作業員が作業している様子が外部カメラ群で確認できる。
 むっつりと黙り込んだまま、二人のメテオドライバーは答えない。顔にはいかにも『怒っています』といった表情が滲んでいる。赤ら顔の初老の整備長、長沼は操縦席外のマイクで二人と会話を続ける。キャノピーを開けばまだ放射能汚染の恐れがある機体に被爆する。一応規定以上の水で洗浄は行ってはいるが、注意するに越した事はない。しばらくは操縦席に押し込められるのもいつものことだった。

「……いやはや、宇宙から帰ってくればいきなり出撃命令とはね」

 ヤヒガン少尉は、頭に被っていたヘルメットを取り外し手元のディスプレイに表示される作戦を確認している。外国人とのハーフであるヤヒガン=ダニエル少尉はめんどくさそうに頭を掻き毟った。
 エスコートミッション。民間用SSTOへの攻撃を行おうとするコースを取っているバンデット(敵対確定機)6機を撃墜せよ。

「風馬(フーバ)、飢狼(ガロー)、飛猿(ヒエン)の三機は?」
『お前さんたちが監視衛星を破壊すると同時に戦闘開始した。さっき武装を補充してまた飛んで行ったぞい。仕方ないから超過勤務をお前さんたちに押し付けるわけじゃな』
「……最悪だ」

 夜鷹と並ぶ、破軍航空基地の虎の子『隕鉄』部隊の残り三機のパーソナルネームに長沼整備長は短く答え、ヤヒガン少尉は大仰なリアクションで嘆いて見せた。 

「どうも政府の要人連中がお乗りらしい、戦闘区域近くを飛ぶとはアホじゃの……よし、装備完了じゃ。ご要望通り通常の対空装備に電子戦ポットを装備させておいた」

 さすがに手際がいい。整備員たちが張り付いて武装を次々と装備していく。
 ミサイルをハードポイントに設置。全兵装を各種AAM(対空ミサイル)と索敵範囲を伸ばす電子戦ポットを装備させる。大気圏上での先頭では腹部に大型の核ミサイルを搭載していたが、今回夜鷹がぶら下げるのは電子戦闘用の装備だ。
民間機の護衛なのに、守るべき民間機が発見できなくては話にならない。
 機体主翼下、主翼上、4つのハードポイントにミサイル装備。16発のミサイル、電子戦ポット。それでも『隕鉄』が持つペイロード(最大積載量)はそれほどの装備を行いながらも凄まじい運動性を発揮する。空力を生かす機体特性に、宇宙用の推進剤を使用した運動力を支える強固な機体構造。
 同時に主翼と機体本体の間に大型の追加ブースターが据え付けられる。増速用のラムジェットブースターだ。

「じいさん、現像の準備を頼む」

 数少ない私物の許されるスペース全部を使って、鷹文は小型カメラを持ち込んでいる。もちろん機密になるようなものは避け、彼が戦闘の際に見上げる本物の夜空を撮り続けている。
 あまり褒められた行為ではないが、パイロットをはじめとする現場の人間はこれを半ば黙認していた。

『あいよ、頑張れよ、貴機の幸運を』

 親指を立てて、それに答える。
 パーキングブレーキ・オフ。ゆっくりと機体が前進を開始。エンジン出力をアイドリングから徐々に上昇。
 後背の核融合ブースターが徐々に推力を挙げる。そのまま滑走路前まで移動。機体を静止させる。

「こちら滑走路(ランナウェイ)。タワー(管制塔)、これより出撃する」
『タワー(管制塔)了解。幸運を、夜鷹』
「サンクス。……相棒、今日は腕によりをかけての大急ぎだ。Gリミッタ解除」
「……了解、解除する」

 出力に限界を課して体にかかる負荷を抑制するGリミッタは、前席の判断だけでははずすことが出来ない。だが、ラムジェットブースターの性能を限界まで引き出すにはリミッタをはずす必要がある。
 だが、体が加速による猛烈なGできしむのは有難くない。ヤヒガン少尉が顔をしかめるのも当然であった。
 Gリミッタスイッチの解除を確認。

「出撃する」

 推力レバーを上昇、機速をあげる『夜鷹』は機首を起こす。早い、地を蹴るには早すぎるタイミングだが、『隕鉄』の大推力は機体をバウンドさせず地上を斜め角度のまま滞空しながら前進させる。
 同時に推力をMAXへ。二つのエンジンとラムジェットブースターが一気に戦闘速度へ機体を押し出した。
 衝撃波が地を打つ。長沼整備長は、はげ頭を隠していた帽子が吹き飛んだが、もはや手遅れと思い、後でなんかおごらせることを心に誓って、飛び去る夜鷹を見送った。



 2006/05/21:ハリセンボンさんから頂きました。
秋元 「核融合エンジン。爆撃機クラスの機内ならば居住区を作って、常時飛行とか!」
アリス 「…………そして地面を知らない世代が生まれる」
秋元 「夢のニュークリアー・パワーですな(笑」

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