気圏戦闘機・隕鉄


第三話

 
 この戦争は、金星と地球の関係に端を発する。
 地球人口の増加に伴い、人類は他惑星の移住を決定。金星のテラフォーミング計画を開始する。
 地獄のような環境、人が住むには余りに不適切な星に住むためには大規模な惑星改造が必要だった。その一環として作られたもの。
 それが太陽光大型遮蔽装置、通称『アンブレラ』。金星を地獄と化す凄まじい太陽光熱から地表を守るために作られた人類最大規模の建造物。飛来する小惑星群を破壊する能力を持ち、太陽の光を調整し、人が住める環境へと作り変え、時間周期を二十四時間に設定し、地球環境の再現に成功させた。
 
 金星は人類第二の故郷となった。
 だが、全てが上手くいくかに見えたその三百年後、異変が起こる。
『傘の綻び』。
 太陽光を覆い隠す『アンブレラ』が突如金星を庇う位置から徐々にずれ始めた。『アンブレラ』が何らかの要因で故障している。それらを修理するために向かった人々は、『アンブレラ』が備えていた隕石迎撃兵器によって破壊された。
 幾度もの試み、幾度もの失敗。『アンブレラ』を修理する事はもはや不可能となった。このままでは金星は元の地獄の環境へと戻ってしまうだろう。
 それに恐怖した金星人は地球への回帰を宣言する。
 だが、地球と同等の人口を持つ金星の人口全てが地球に押し寄せればそれは経済の破綻を招くだろう。
  
 両者の間に亀裂が走った。
 その亀裂は金星人の民間人を乗せた輸送船の破壊事故によって決定的となる。事故であった筈だった。だがそれはいつの間にか地球至上主義者の策略とされていた。
 報復とされる隕石兵器の投入により世界最大と呼ばれた軍事力を持つ巨大国家は消滅する。

 金星軍は、地球全土への侵攻を宣言した。
 その金星軍との最前線。アジアの最も東。弓なりの島国は最前線基地となる。


 凄まじい加速によるGが操縦席、フライトオフィサ席の二人の体を締め上げる。
 大気圏突入の高熱すらものともしない『隕鉄』はマッハ3を越えた先にある空気摩擦による『熱の壁(ヒートバリア)』にも耐え得る装甲を有しているが、中の人間はそういうわけにも行かない。猛烈なGに体力を削ぎ落とされながら、機体の加速Gを耐える。

「……ここ、か」

 伊佐部、Gリミッタ−オン。
 同時に操縦者の限界を越えて猛烈な加速を行う機体がエアブレーキとエンジン出力の低下による減速を自動で開始。今度は四肢を縛る拘束具(ハーネス)の痛みに悶え死にそうになったが、ゆっくりと巡航速度に移行するさまを確認し、二人は息を整える。

「……はぁ、はぁ……。目的地に到着、レーダーをスーパーサーチモードへ」

 電子戦、電子機器操作と武装選択などを一手に引き受け機体の誘導などを戦闘機動(コンバットマニューバ)の最中も行うフライトオフィサはある意味全席のファイター以上の激務だ。彼の操作と共に機体下部に抱える電子戦ポットが、大型のECMブレードを伸ばす。見ようによっては左右に伸びた主翼と、もう一つ機体下部に翼が生えているように見えないことも無い。彼の操作に全てを任せて操縦桿を軽く握ったまま機体を直進させる。
 感、あり。

「掛かった、方位11時、距離七千。こっちの方向へ向かってくる」
「了解した。マスターアームスイッチ(全武装使用制限解除)、ミサイルの目を開かせろ」
「了解、オープンアイ」
 
 ピ、ピ、と電子機器を操作する後席の音。それと同時に主翼上方のミサイル先端部からレンズカバーが外れ、敵を捉え追い掛け体当たる為のレンズの単眼が目を見開く。

「ECM開始、敵戦闘機部隊を撃破する」
「了解、……大きさからして無人機じゃない、金星人(ヴィーシャン)の乗る有人戦闘機だ。……ミサイル誘導波確認!! 照準された、畜生、BVR(目視外射程)戦闘、先手を取られた!! 敵長距離ミサイル、敵戦闘機より2発づつ、総計12発、こっちに来る!!」

 ミサイルアラートがけたたましく鳴り響き、同時に全周囲モニター正面に大量のミサイルの存在を示す赤いシンボルマークが映る。

「ラムジェットブースター切り離し(パージ)。ミサイルジャマーを仕掛けてくれ。回避するぞ!!」
「了解!!」

 ばすん、と爆音が響き、接続ボルト爆破。機体主翼に据え付けられていたラムジェットブースターが切り離される。
 同時に機体を半回転させ、背面飛行開始。大地を真上に仰ぎ、同時に操縦桿を引く、推力上昇。自由落下とアフターバーナーの点火による猛烈な加速が一瞬で機体速度をマッハ2・9に押し上げる。
 敵ミサイルはその機動を読み、追尾コースを取る。
 命中する、そう判断した伊佐部は同時に推力を一気にミニマムに減速、エアブレーキ最大抗力、主翼とカナード翼が縦方向に折れ曲がり、空気抵抗を受けて機速が一気に落ちる。その急激な減速に追尾し切れなかったミサイルは地面に直撃、爆散する。

「ミサイル残り4!!」
「兵装選択(アームセレクト)、RAY−GUN(光線機銃)からRAY−SWORD(光線剣)へモードシフト!!」
「ラジャー!!」

 正面、直撃コース。同時に伊佐部は機速の落ちた状況では回避不可能と判断し、武装を変更させる。
 照準レティクルをHUD(ヘッドアップディスプレイ)に呼び出し。敵ミサイルを正面に捕らえる。トリガーを引いた。
 
 一閃。

 機体前面、機銃部に過剰出力を叩き込むことで連続的にレーザーを伸ばす機銃ではなく剣。
 青白い光熱の刃が伸び、敵ミサイルを一薙ぎする。一瞬で残り四発のミサイルは誘爆温度に達し、爆発する。同時に一撃で全エネルギーを消費しつくしたエネルギーカプセルが排莢される。再装填音。

「機銃部異常加熱状態。強制冷却へ移行。再使用まであと70秒」
「宇宙空間ではこんな事気にしなくていいんだが、……やはり大気の下は違うな。了解」

 同時に機速上昇。前面、遠距離に旅客用のSSTO(単段式宙輸送機)を確認する。FREND、友軍機マーク表示。だがそこで伊佐部は、SSTOの右翼が大破していル事に気付いた。煙を噴きながらよろよろと飛行している。

「……金星人(ヴィーシャン)め、撃墜じゃなくて強制着陸させようとしているのか? ……撃墜の意思がないならこっちもやりやすいが」
「こちら破軍基地所属、夜鷹、E−53便。応答しろ!! ……駄目か、ジャミングが掛かっている。これより敵のECM(電子妨害)に対してECCM(対電子妨害対抗手段)を開始する」
「了解した、敵電子戦機を早くハードキル(物理的破壊)してしまおう」

 敵電子戦機を撃破すれば敵のジャミングも消える。
 伊佐部はそう判断し、すかさずミサイルを覚醒(アウェイク)。

『……腕のいいパイロットだ、あのミサイルの雨を潜り抜けるとは』
 通信が錯綜する。敵の声か。
『こちらAWACS(空中警戒管制指揮機)。IFF(敵味方識別装置)は正常起動。……一機だけだ。だが、……確認した、敵機種『インテツ』、メテオメタルだ!!』
『こちらスペル1、了解。各機、敵空軍の虎の子が出てきた。単独戦闘は禁止、数の優位を忘れろ、全力でしとめなければこちらが危ない!!』

 敵機体が散開、一機が食いつかれてもほかの機体が敵の後背を食いつける位置へ移動開始する。

「敵機種、ドルッケン。双発の高性能制空機だ、ヘッドオン、敵全部から攻撃誘導波の照射確認」
「了解した、接敵(エンゲージ)」

 攻撃目標であるSSTOから狙いをこちらに切り替えたのだろう。隕鉄の戦術コンピューターが敵のレーダー照射を感知、警告を開始する。伊佐部は敵編隊一機の後方を捉えた。武装を高機動(ハイマニューバ)ミサイルへ切り替え。ミサイルシーカーが伸び、敵の機影を囲むAT(エリアル・ターゲット)ボックスと重なる。赤色に表示、ロックオン。

「フォックス1」

 同時に高機動ミサイル射出、伊佐部は命中を確認せぬまま自機の後方を取ろうとしていた相手に対して推力を全開に。大出力旋回を開始する。凄まじい切り込むような角度で旋回する機体のなか、伊佐部とヤヒガン少尉は通常の戦闘機動、最大と言われる9Gで胃肺を締め付けられる。

『くそ、振り切ってもしつこく追って来る!!』

 先ほどのミサイルで狙われた敵の悲鳴じみた声が聞こえる。撃墜が目的ではなかった。敵を回避機動に専念させ攻撃の手を緩めさせるため。同時に敵戦闘機が斜め正面を横切る位置に。通常のミサイルの弾速ならば回避できる角度だ。そう、通常のミサイルならば。短距離超高速ミサイルを覚醒(アウェイク)。
 ミサイルリリース。ロケットモーター点火直後に弩から放たれる矢の如く一瞬で伸びたミサイルの弾頭は敵に直撃する。相手からは残像が重なってレーザーのように一直線に見えただろう。その運動エネルギーは一方方向に集中していたのか、きれいな大穴が一瞬見える。瞬間、凄絶な破壊となって敵戦闘機を爆散させた。

『スペル4がやられた!! くそ、あの角度で?!』
『スペル2、斜め上昇(シャンデル)だ!! AWACS、奴の目を殺せ!!』
『了解、戦闘機ふぜいに電子戦での負けはない』 

 レーダーがぶれる。落雷にあった直後のモニターのようにレーダーが正常な反応をしなくなる。ヤヒガン少尉は馬鹿になるレーダーを見てうめき声を上げた。

「こっちのソフトキル(電子的相殺)能力じゃ、話にならん、さすが電子戦機か、……右舷後方、上昇してくる。敵機接近!!」
「感心してないで敵の電子戦機を探せ、見つけたらAAMW(超長距離対空ミサイル)で殺る」

 後方を視認して位置を把握するヤヒガン少尉に短く答え、縦ロール状態から操縦桿起こし、旋回開始。敵のロックオンから逃げる機動へ、レーダー照射が解除されたことを確認し、即座にマックスパワー。敵射程外へと大推力で脱出。
 同時に、機首起こし。上昇しながらインメルマン旋回(ターン)、速度エネルギーを高度へと変換し追いかけていた敵戦闘機を確認する。ATボックスが敵影を囲む。三機照準内。ルックダウンレーダー作動、自機よりも下方に位置する敵機を地上反射波と区別し、空中目標と確認。
 一気に食ってやる。伊佐部は獰猛に笑った。

「AAMU(中距離対空ミサイル)−6、全弾覚醒(オールアウェイク)!!」
「ラジャー!!」

 同時に計六発の中距離ミサイルが一斉に発射される。白い噴煙が帯を引き、偽りの夜闇の空を切り裂いて一直線に伸びた。
 直撃。爆炎が咲いた。同時にHUD(ヘッドアップディスプレイ)に撃破と表示される。

『……一瞬で三機食われた?!』
『被害が大きすぎる、……腹立たしいが全機、RTB(リターントゥベース)だ』

 その声と同時に敵のECM圏内が徐々に遠ざかっていく。それに付き従うように敵戦闘機も。

「……敵戦闘機部隊、撤退を開始した。……高価なAWACSを失うことを恐れたか」

 ヤヒガン少尉がクリアになるレーダーを確認しながら言う。そのまま伊佐部はSSTOに接近。

「よし、防衛成功。……相棒、SSTOの様子は?」
「火を噴いてはいるな。……だが、自動消化装置が作動している。エンジン部への誘爆もなさそうだ」

 右主翼を失ってはいるが、何とか軟着陸の体制をとりつつあるようだ。

「よし、こちら破軍基地所属、夜鷹、E−53便。応答されたし」

 同時に通信回線を開くヤヒガン少尉。その言葉を背で聞きながら彼は翼を?がれたSSTOに目をやった。
 旧世紀の宇宙船のようにブースターを切り離す必要もなく大気圏を突破し、地上へと帰還する性能を持つ宇宙船。だが、そこで伊佐部は思ってもいなかったものを見た。
 黄金の星にかかる傘のマーク。金星と、アンブレラをさす紋章。それが指し示す事実は一つしかない。
 その思いを肯定するように、通信機から声が聞こえた。

『こちらE−53便、ポーラ=ウィーゼンバークと申します。地球の戦士、感謝を。おかげで事なきを得ました』
「……金星の穏健派代表?」

 美麗な響きの女性の声に。その名前の意味に。伊佐部とヤヒガンは顔を見合わせた。



 2006/05/21:ハリセンボンさんから頂きました。
秋元 「隕石をぶち込んでたのは金星軍ですか!」
アリス 「……距離が離れれば温度差も深まるというもの」
秋元 「地球としても、人口に倍は耐えられないでしょうしね」

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