ひなぎくさんとやまとたん 第5話 雛菊さんとの休日(SIDE:YAMATO) 「大和、予定通りだから約束した通り、街に出よう」 突然のノックの後の雛菊さんの声に、私は慌てて返事を返しました。 雛菊さん、約束憶えててくれたみたいです。 今日は珍しく何もなく、久々に予定通りに休みが来たのです。 お天気も良いし、一度雛菊さんと話した時に『次の休みに遊びに行こう』と約束してました。 実は結構雛菊さんは近寄りがたい雰囲気があります。孤独を好むというか、その。 ……怖いし。 でも、雛菊さんから声をかけてくれたので、そんな約束までしちゃいました。 「すぐ近くに新しい喫茶店があるんですよ」 色々調べておいた甲斐があったというか、ちょっとだけ雛菊さんが驚いたように目を大きくしました。 それだけでも収穫です。 少し嬉しくなって、自然に笑ってしまいます。 「じゃあそこで、取りあえずお茶にしよう」 雛菊さんははにかんだような微笑みで答えてくれました。 思うんですけど、普段から笑っていれば、もう少し刺々しくなくて良いんじゃないでしょうか。ね。 紅茶を十種類以上も揃えているのはこのお店ぐらいなものです。 オレンジペコ、ダージリン、アールグレイ、それぞれブランド別・産地別にメニューに並んでます。 ゴールデンチップ入りだって選べるんですよ!あ、まだロシアンティーは飲めませんよね。 コーヒーも取りそろえてるし、サンドイッチからブイヤベースまで、食事はレストラン並のメニューですよ。 ちらっと見ると、雛菊さんはどうにも難しい貌をしてる。 「マロンタルトのケーキセットで、ストロベリーティのティオレください」 私が注文を終えると、困った貌のままで、雛菊さんは言いました。 「……お茶はないのか」 思わず吹き出してしまって、睨まれてしまいました。 でも、ウェイトレスさんはあるって言って、メニューを開いてました。 目を丸くする雛菊さん。 結局抹茶と団子だそうです。私が洋風デザートで、おなじ店でおなじ席なのに、雛菊さんは純和風なお茶屋さんのメニュー。 「不思議な取り合わせですね」 流石に雛菊さんも同じ事を考えてたみたいです。 お店も洋風だから、まさかでてくるとは思っていなかったみたいです。 「何でも用意できるのは、店主の懐の深さだろう。紅茶が出せるなら普通の緑茶も出せて不思議では……」 でも、そこで眉を寄せて小首を傾げます。 「緑茶はともかく、私が頼んだのは抹茶だな」 違う物なんでしょうか。お茶はあのお茶の葉を、お湯で出すものじゃないんでしょうか。 紅茶が出せる店で、抹茶は出せないものなんでしょうか。 よくわかりません。多分『けっこうなおてまえで』っていう感じのお茶は無理だと思いますけど。 「まあ良かろう」 でもどうやら雛菊さんは納得したみたいでした。 マロンタルトは甘みが抑えめで、べたっとしてなくて自然に栗の味がします。 きちんと歯ごたえがあるんですよ。 ストロベリーティのティオレはそのまんまいちごミルクの味がします。 良いメーカーのフレーバーティですね。シロップも甘すぎないいいシロップ選んでるみたい。 幸せです。 「雛菊さんは甘いのは苦手なんですか?」 そんなほくほく顔で、タルトにフォークをさしていたら、来たのは抹茶(苦いですよ)とみたらし団子(辛いですよ)。 私、お団子だったら上につぶあんだと思うんですけど。 私の質問に、雛菊さんは少しだけ困った貌になりました。 「苦手ではないが」 うーん、と少し考えるそぶりをして、胸を反らせます。 「甘ったるいのは好きではないから、初めてのところでは頼むのが怖くて」 そう言いながらますます眉を寄せて困った貌をします。 結構怖い印象のある人なので、ちょっと可愛いかも知れません。 甘いものが甘すぎるのが怖くて頼めない。なんて、他の人が聞いたらどう思うでしょう。 フォークで小さく刻んだ、マロンタルトの最後の一切れを口に入れた時、雛菊さんの後ろから男の人が顔を出しました。 「ねぇねえ」 うわ。軟派です。私苦手です。 いやです。駄目です。 見ないでください。 「二人?良かったら話しない?」 私の様子をちらりとみた雛菊さんは、そのままぎろっと男の人を睨み付けます。 雛菊さんの目が怖いです。……あ。 「断る」 男の人に即答しながらも雛菊さんの様子が変です。 私嫌な予感がします。 背筋に悪寒がします。 「えー、そんな事言わずにさあ」 しつこく食い下がろうとする男の人に、やっぱり立ち上がりました。 私は慌てて席を立って、雛菊さんの背中に飛びつきます。 「だ、駄目ですっ」 がし。 「何が駄目だ、口で言って判らない奴らは叩きのめして蹴散らすしか無かろう」 喫茶店が壊れちゃいます、それに男の人達がやばいです。命のぴんちです。 多分、私達のお財布のぴんちでもあります。 「ええい離せ大和、全砲門開くぞ」 「は、早く逃げてー!」 おねがいだからーっ! なんとか平和的に解決出来ました。よかったです。 男の人達はほうほうのていで逃げていきました。 逃げなければ多分喫茶店毎わたしたちの財布もパーだったと思います。 でも、取りあえず支払いを済ませてさっさとでなければいけませんでした。 雛菊さんがでると言うのででてきましたが……まだお茶もお団子も残ってました。 「何故止めた。あんな輩は徹底的に叩いておかないと後で困る」 雛菊さんは無念そうな顔で悔しがっていますが、それは良くないことです。 一応まだ無実の若者を、いきなり攻撃してはいけません。 「駄目です」 私は力説する雛菊さんの言葉に即答します。 つん、と顔を背けて見せます。私だって怒ってます。 「雛菊さんは好戦的過ぎです」 誰かがいつも背中についていて、コントロールしないといけません。 「……致し方有るまい。あんな軟弱な男子、叩いて叩いて叩きのめして根性を入れ替えてやる」 ぐっと拳を握りしめて、自分の胸の前に上げる雛菊さん。 こわいです。 あの時一瞬私を見てたから……多分きっと、半分は私のためのような気がするんですけど。 「叩きのめしたら多分根性なくなっちゃうんじゃないですか」 あ、雛菊さんが困ったみたいに笑って頷いてくれました。 なんだか今日は色んな顔が見れます。 時々こうやって、いつもと違う場所に居るのも面白そうです。 「後味の悪い事になってしまった。詫びに団子でもどうだ」 まだ食べるんですか?!おだんごを! 私はもう食べちゃったのに! 「あ、あの」 でも、ちょっと断るのが怖くて、別に怖い顔をしていたわけではないんですけれども。 「……戴きます」 あーあ、ちょこっと食べるの、これから控えなきゃ駄目だなぁ……。 |
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2005/11/02(2005/11/08加筆修正版):日々野 英次さんから頂きました。
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