Dog Fight!――Alice in The "Cubic"――



 目が覚めるまで、僅かな時間が必要だった。
 全身が感じる穹の匂い。
 感覚器官が奏でる警告音。
 幾つも幾つも内側へと向かう一つの流れ。総ての記録。
 それをまず理解するまでに、さらに時間を要した。

 丁度記憶と呼べるものが定着を始めた頃、自分が穹を翔る姿であることを認識していた。
 超音速の翼。だが、そんなものを理解する事はない。
 初めから定められた通りにただ飛翔する。

 その時感じていたのは怒り。
 一番最初に憶えたのが悲しみ。

 そのいずれもが同じ場所――蒼い遠い広い穹の彼方に放たれたもの。
 誰も拾わぬ想いの欠片。

 彼は叫んだ。
 その言葉の直後、彼女の中に一つの指令が走る。
 むずがるような感覚と共にはじき出された、彼女の体内を駆けめぐる嘶きが突端に到達する。
 かちり、と。
 それまで大事につなぎ止められていたものが外れる感覚。
 猛り狂う嘶きを載せてそれは彼女の表面を滑りさらなる速度で穹を翔けた。
 空を裂き、想いの果てが目指す場所へと――

 その大きさは僅かなものに過ぎない。
 しかし、次の瞬間、彼女の目の前で爆ぜた。

 定められたとおりに。

 それが放った堅い空気の層を無視して。
 初めは赤い光のように見えた。
 すぐに濃密な圧力の向こう側で、揺らぐ空気に引きずられるようにして凶器が姿を現す。
 きちんと整列して収められていた幾条もの金属製の細い棒は、まるで糸に操られるが如くほどけていく。
 取り囲むように球状の熱い空気の層と共に、僅かに遅れてそれは本性を現す。
 一本一本は小さく折り畳まれていたが、丁度対照的に起きあがると同時――一つの輪を形成する。
 ジグザグに金属製の輪だったそれは、一気に円形へと姿を変え――その時、横切ろうとしたものがあった。
――かわしきれない
 彼の怒りの嘶きの果ては、ゆっくりそれに触れた。
 金属製のそれはまるで油粘土に触れたかの如く何の抵抗もなく沈み込み。
 先行する音の壁と同じように難なく切り裂いていく。

  ばつん

 そんな音が響いた。
 横切る途中で完全に金属棒が溶けたようだった。
 同時に今まで円を描いていたはずのそれらは、形を保つことが出来なくなり――それぞれ、そのまま、空気の密度が収まるのを追うようにして飛び去っていった。


  どん

 腹の底に響く低音。

――グッキル

 最初に憶えた言葉は、ただ何の感情もなく条件反射的に響いた。
 自分の中にため込まれようとしている多くの記録と共に。
 だが想いを反芻する暇はない。
 どん、と幾つもの指令が同時に駆けめぐり、さらに彼女を早く鋭く空気を切り裂くように求める。
 音を越えると共に、空気の密度が濃厚になり、硬い空気の壁を産む。
 その向こう側に歪む――機体。
 滑るように空気の渦の上を翔る。
 強引にその空気の壁に体をぶち当てるように、彼女の視界を急速に回転させてぴたりと。

 狙いを定める。

 小刻みに小気味良い連続した炸裂と同時に吐き出される塊。
 彼女――そして、狙われたそれらより早く、さらに速く、金属棒と同じ速度で飛翔する小さな僅かな塊は、何の抵抗もなく吸い寄せられるようにして機体の中へと沈み込んでいく。
 まるで紙に穴が突き立てられていくような映像の直後。
 再び低音が響き渡り、大きく息を吐く感触が伝わった。

 これが、二度目に憶えた――安心、という感覚。


 言葉を覚えるまでにさほどの時間は必要としなかった。
 そして彼女は姿を与えられる。


「よろしく、アリス」

 それが彼女、箱の中にいたアリスだった。



Dog Fight!――Alice in The "Cubic"――
End

...and To be continued



 2006/02/05:日々野 英次さんから頂きました。
秋元 「空戦! 場面的には、アリスが覚醒したあの時ですかな?」
アリス 「……外伝として頂いた訳ではないのですが、それっぽいのでこちらに掲載」
秋元 「なんだか第3外機の修正、やる気が出てきましたw」

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