駆逐艦長物語




「プロローグ」

東京湾の一角に位置する臨海都市地区。その一角に、その場所はあった。
直角に形成された埋立地に、その大半を覆う防音壁に囲まれた広大な空き地と、その周囲を取り囲む真新しいウッドデッキ。周囲は東京湾と運河で囲まれ、東京とは思えないほどの静けさが周囲を包んでいる。
そこは、今世紀の初頭に国と都とが合同で立ち上げた都市再生計画の一環として整備されたウォーターフロントの一角で、将来的には沖合いに造成された人工島とともに、新たな首都の顔となる予定の場所であった。
だが、計画を後押ししていた政治家のスキャンダルと、それに伴って明るみに出た施工業者の不祥事といった事情が重なり、計画は白紙撤回され、現在は海に張り出したウッドデッキと、防音壁で囲われた広大な空き地だけが存在するだけの、きわめて寂しい、そして静かな場所であった。
そんな寂しい場所に、一人の少女が腰掛けていた。
年は小学生の低学年ほど、肩ほどの長さで整えられた髪は少しくすんだ金髪で、瞳は鳶色をしている。

少女は、静かなその場所が好きだった。
静かであればどこでもよかったのだが、図書室にはおせっかいな先生がいるし、保健室にいると母親に連絡が行ってしまう。ましてや自宅など考えられなかった、
だから、時折学校を抜け出してはこの海浜公園予定地――彼女からしてみれば自分だけの秘密の場所であるそこ来て、ぼんやりと海と、そこを行く船を眺めていることが多かった。
その日もいつものように学校を抜け出し、どこか空ろな目で海を眺めていると、視界の隅に、それまで少女が目にしてきたものとは異なるシルエットを持つ船が飛び込んできた。
ごつごつとしたマストに、煙突と一体化した艦橋などの上部構造物。艦首には一目でそれとわかる大砲と、学校にも掲げられている日の丸の旗がある。
船体は全て薄い灰色に染め上げられ、艦首には対照的に白抜きで数字が刻まれている。
それが海上自衛隊で運用されている護衛艦であることに気づき、同時にそこで働く父親を思い出し、少しうれしそうな表情を浮かべて少女は立ち上がると、目の前を進む護衛艦に向けて大きく手を振った。
だが、すぐに振るのをやめて、もとの無表情に戻ってしまう。
気づいてもらえるはずが無い、とでも思ったのだろう。
そんな少女の姿を、艦橋わきの見張り台に立つ人影が双眼鏡で見るのが見えた。
少しの間をおいて、大きな汽笛の音が周囲に響き渡る。力強い、全身に強く響く音が。
背後の防音壁にその音が反射し、瞬く間に周囲が汽笛の音で満たされる。
あまりの音量に少女が驚いていると、見張り台の人物が大きく手を振り返しているのが見えた。
「気づいてくれた・・・!」
表情が再び明るくなり、少女はまた手を振り始めた。
やがて、護衛艦が視界の外に隠れると、少女は振っていた手を下ろしたが、その表情から笑みが消えることはなかった。



 2007/10/05:緑炎さんから頂きました。
秋元 「小学生、小学生……しょう(ry」
アリス 「…………(ジー」

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