駆逐艦長物語 | ||||||
第1話「接触」 □北海道/天塩/自衛隊天塩基地/海上自衛隊埠頭□ □2045年/4月2日/1250時□ 北海道の北の端、数色の緑と土の色、そしてオホーツク海の濃い海色で彩られるそんな場所に、自衛隊天塩基地はある。 広大な基地施設は大きく分けて3つのエリアに区切られており、ただ1本だけ伸びる県道106号線との接続路が設けられた西側のエリアには陸上自衛隊が、1本の長い滑走路と2本の少し短めの滑走路とそれらを結ぶ誘導路、そして航空機を収容するための格納庫や管制塔といった諸施設が並ぶ北側のエリアには航空自衛隊が、円柱の形をした大きな燃料タンクやドックなどの港湾施設が並ぶ東側のエリアには海上自衛隊がそれぞれ駐留している。 そんな広大な基地の一角、海上自衛隊区の岸壁に突き出た無数の突堤のひとつを、しっかりとした足取りで進む女性がいた。 年は十代の後半ほど。少し幼さの残る顔立ちだが、どこか凛とした雰囲気を持っている。 海上自衛隊正式採用の黒い幹部自衛官用制服に、同じく正式採用されている黒いコートといった服装で、目深に被られた白い制帽からは、肩まで伸びる少しくすんだ金髪が見え、細いフレームの眼鏡の向こうの瞳は鳶色をしている。 肩と左胸につけられた真新しい階級章は、彼女が海上自衛隊の少佐であることを示し、襟首には同じく真新しい艦長であることを示す記章が縫い付けられている。 彼女は一隻の艦の前で立ち止まると、その艦を見上げた。春の柔らかな陽光が彼女の顔を照らしだし、くすんだ金髪がそれを反射する。 「これが、私の艦か・・・」 少女は呟くと、目の前に停泊する艦を見渡した。 スマートなステルスマストと一体化した艦橋に、その後方に聳え立つ大きな煙突。その前後には5門の128ミリ連装速射砲が並び、艦尾の掲揚柱には十六条日章旗が誇らしげに掲げられている。俗に海上自衛隊迷彩と呼ばれる独特の塗装がなされた艦首には、白抜きで、その艦の型番である30の文字。 駆逐艦「摩周」 戦力とコストパフォーマンスとを両立させた主力駆逐艦「雪風」級の一隻で、ネームシップから数えて12番目の雪風級となる。 少女は艦橋や速射砲を一通り眺めると、意を決したように小さく深呼吸して、甲板と突堤を結ぶ、艦名が刻まれた垂れ幕が下げられたラッタルをわたり、第1甲板を踏みしめる。 「ちょっと!ここは民間人は立ち入り禁止ですよ!」 紺色をした作業服姿の自衛官が、そう言いつつ少女のほうに歩み寄ってくる。 「艦艇見学ならここじゃなくてですね――」 その自衛官は少女の肩越しに、少し離れた場所の突堤を指差して説明を始めた。その視界に、少女の肩の階級章が入る。 「――失礼しました!」 それまで好奇の目で富美子を見ていた彼は、直立不動の気を付けの体制をとり、慌てて敬礼する。 「気にしないで」 微笑みつつ、少女も答礼する。 「今日付けで本艦の艦長を拝命した、付島です。よろしくね」 「――は?」 「それじゃ、またあとでね」 富美子はそう言い、艦内へと入っていった。呆然とし、敬礼したままの自衛官が取り残される。 「見たか、あれ」 左舷側のウイング、甲板とそこに掛かるラッタルを見下ろせるその場所で、監視用の大口径双眼鏡――めがねと呼ばれるそれの調整を行っていた自衛官が、同じく調整を行うもう一人にそう言った。 「なかなかの美人だな。しかも丁度年頃ときてる」 工具を工具箱にしまいつつ、首だけを手すりから出して眼下をうかがうもう一人がそう言った。 「それはいいが・・・栄えある海上自衛隊は、いつからガールスカウトに改変されたんだ」 「そいつはガールスカウトに失礼だな。どうせ“夜勤”でのし上がってきたんだろ。ガールスカウトはそんなことしないさ」 「口を動かす前に手を動かせ。反対側の調整がまだだろう」 心底不服そうな口調で彼がそう言うと、艦橋から現れた男がその会話を断ち切った。 白髪交じりの短髪の男で、年のころは四十の半ば程。眼下の彼女と同じ、しかしより年季の入った黒い幹部自衛官の制服姿で、肩と胸の階級章は彼が大尉であることを示す。 「「申し訳ありません、すぐに調整にかかります!」」 2人の自衛官はさっと立ち上がり、敬礼。工具箱を手に駆け足で右舷側のウイングへと向かっていった。 「まぁ、あんな娘が戦争に出ることは反対だがな」 「副長、口数が増えたのは結構ですが、不満ばかりだと志気に関わりますよ」 字面だけみれば至極まっとうなことを、軽い口調で言いつつ、航海科員の証である錨のマークが入った帽子を被った男が副長に歩み寄る。 「貴様は無駄口が多すぎだ。田崎航海長」 「どうも性分でしてね、こればかりはどうにも」 「まったく・・・」 小さな呟きは、艦長が艦橋に入ったことを告げる士官の声でかき消された。 ラッタルを見やると、先ほどの少女が艦橋にあがってくるところだった。 少女は艦橋内を一別し、ウィングの傍らに立つ村上と田崎の姿を見つけ、毅然とした足取りで歩み寄ってきた。村上が憮然とした表情のまま、脇を締める海軍式の敬礼をする。 「副長と船務長を務める村上です。よろしくお願いします」 「航海長を務めています、田崎です。よろしくお願いします」 富美子は微笑みつつ、答礼。 「付島です。本日付で駆逐艦「摩周」の艦長を拝命しました。よろしくおねがいします」 「早速ですが、艦隊司令部より連絡が入っております」 そう言って、村上は通信文を手渡した。 「ありがとう」 そこには、「摩周」と同じ第12駆逐隊所属の駆逐艦、「硫黄」との遭遇戦演習を命ずると言うことが簡素に記されていた。 「了解しました。補給作業は済んでいますか?」 「すでに完了しています。人員の集合も同様です」 当然だ、といわんばかりの口調で村上は答える。 「わかりました」 先ほどと同じ表情のまま、富美子は答え、そして令する。 「出航用意、もやい放て!」 『出航用―意、もやい放てー!』 復唱の声と出港ラッパの音がスピーカー越しに艦内に響き、青い作業服姿の自衛官達が出航作業を開始する。 艦と突堤とを結ぶもやいが解かれ、ラッタルが突堤側に引き寄せられる。 「出港用意よし」 「両舷後進微速」 「両舷後進微―速」 足元からガスタービンの甲高い振動が伝わり、その振動が強まると共に、3500tの船体がゆっくりと動き出す。 「左前進半速。面舵30」 「面舵さんじゅー。よーそろー」 「左前進半―速」 右エンジンを後進にセットしたまま、左エンジンを前進にセットせよとの命令。摩周は後ろに進みつつ、左側に曲がる。 通常ならば、他の船との接触事故を避けるためにタグボートで港口まで曳航されるが、この天塩の港は日本では珍しい海自独自の港なので、他の船との接触の可能性は限りなく低い。多少の無茶をしても問題はなかった。 「舵戻せ。両舷前進半速」 「もどぉーせぇー」 「両舷前進半ー速」 突堤に対して直角に向き直ったところで、両方のエンジンを前進にセットしろとの命令。ガスタービンの振動がさらに高くなり、艦首のしぶきが高くなる。 「前方500に「硫黄」を確認」 ウイングでめがねを覗き込む見張りが、大声で報告する。 2隻は500メートルの間隔で単縦陣を組み、防波堤の間を縫うようにして港外へと進み出る。 「硫黄より信号『陣形を離れ、所定の行動に就け』以上です」 「硫黄」はこのまま演習海域に先行し、「摩周」は少し大回りのコースをとって演習海域に進入する予定だ。 「了解の旨を伝えて。面舵30、両舷前進原速」 「面舵さんじゅー」 「両舷前進原―速」 「――」 富美子の操艦指揮を一歩引いたところから眺め、村上は心の中でため息をついた。 指揮そのものに問題はない、そこだけを評価すれば合格点を出してもいい。 だが、先ほどから操艦指揮を自分一人でこなそうとしているのはいただけない。 通常、出港の際――それも赴任直後の操艦は航海長に任せるのが通例だ。慣例とかそう言うものではなく、各員の技量を計るためにそうする訳だ。 しかし、この艦長はそうしていない。おそらくは、ただの小娘ではないところをアピールしたいのだろう。 (どうにも、頭痛の種が増えそうだ) 心の中で呟く村上をよそに、二隻は散開。海原に白い軌跡を引きつつ、演習海域へと向かう。 □札文島沖□ □2045年/4月3日/0030時□ 「お疲れ様」 シフトを終え、通路ですれ違う自衛官一人一人にそんな言葉と答礼を投げつつ、富美子は自室へと向かう。 「――何をしたらあの年で艦長になれるんだろうな」 「夜勤だろ。お偉いさんと二人っきりで」 ――時折、聞こえがよしに放たれる言葉に気づかないふりをしつつ。 扉の傍らにあるカードリーダーに自分のIDを通し、鋼鉄製の扉を開いて自室へと入り、扉を閉めて大きく息を吐く。 艦内で艦長に与えられた特権の一つが、ただ一つの個室と、それによって護られるプライバシー、そして艦内唯一の個人用浴室だ。 防火塗料が塗りたくられた壁に囲まれた四畳半ほどの空間に、執務デスクと簡素な応接セット。入り口からみて左側の壁にはベッドが埋め込まれ、反対側の壁には浴室へと通じるドアがある。 そして、床のかなりの部分を段ボールに詰められた本が占拠していた。 「すこし・・・片付けないといけない、か・・・」 一人ごちつつ、デスクに腰掛け、事務処理のために官給品のノートパソコンを立ち上げる。 狭いクローゼットをいかに整理するか、どの本を実家に送り返し、天塩の官舎に戻すかを考えつつ、キーボードを叩く。 キーボードを叩く音のみが、大して広くない室内を満たす。 それを破って、ドアをノックするくぐもった音が響く。 「航海長です。よろしいでしょうか」 「どうぞ」 「失礼します」 そう言って、田崎航海長は富美子のデスクの前まで歩み寄ると、手を後ろで組み、足を肩幅まで広げる休めの体制をとる。 「航海科は人員、機材共に以上なしです。GPSなしで単独での太平洋横断も可能です」 「頼もしいわね」 「それが、我々の職務ですから」 そう言って、航海長は誇らしげに胸を張った。不意に、その視線が富美子のデスクの上を泳ぐ。 「――もしかして、これ?」 ごとり、という音と共に、富美子はガラス製の大きな灰皿をデスクに置いた。 「えぇまぁ・・・正直に言うと、そうであります」 ばつが悪そうに答える。 「前の艦長の置き土産か何かだと思ってたんだけど・・・」 「その言葉に間違いはありません。艦長がこられるまで、本艦の愛煙家は前艦長と自分だけでしたので」 「・・・なんなら、煙草がもたらすダメージについて講義してあげてもいいけど――掛けていいわよ」 「失礼します――講義のほうは、またの機会にお願いします」 言いつつ、航海長は応接セットのソファーに腰掛け、胸ポケットからライターと煙草の缶を取り出し、一本取り出して火をつけて、美味そうに煙を吐き、そして部屋を見回した。 「凄い量ですね」 「実家にはこの倍くらいあるけどね。冗談じゃなくて」 「いやぁ――冗談抜きでたいしたものです」 「一応、かなり勉強はしたつもりなんだけど――」 ポーズでなければな――と。田崎は心中で呟く。 「さっきの話だけど・・・人員と機材以外の面は、どう?」 ほんの少し目を細め、声のトーンを少し落として、富美子は問いかける。 「・・・と、言いますと」 煙を吐き出し、田崎は答える。 「とぼけないで。志気の面よ」 「――あまり高くはない、というのが正直なところでしょうな」 「変な噂もあるし」 「“夜勤”の件ですな・・・あ、いや、失礼しました」 本当に申し訳なさそうに、田崎は頭を下げる。 「慣れたからいいわ・・・慣れたくないけど」 「――で、本題ですが・・・1人の自衛官として、新人の艦長の下で働く者として、率直な意見を言わせていただきますと、不安ですな」 「・・・私は・・・むいてないんでしょうか。艦長に」 「えぇ、貴女はむいてません。今この瞬間は」 たばこをつぶし消し、最後の煙を吐き出して、田崎は答える。 「確かに、努力は認めましょう。その歳で艦を任された訳ですしね」 「ですが、軍艦の艦長とは有能なだけでは勤まりません。全乗組員の信頼と畏怖を得て、初めて艦長と言えるのです」 「――」 「確かに貴女は有能です。ですが若すぎます」 田崎はそう言って立ち上がり、脇を締める海軍式の敬礼をとる。 「航海長、部署に戻ります」 □札文島沖/北緯40°5′/東経140°5′□ □2045年/4月6日/2230時□ 「摩周」の戦闘を司るCICは、他の水上戦闘艦艇と同じく、艦橋基部のヴァイタルパート内にある。 季節を問わず肌寒いほどに空調がかけられた室内は、壁の二面を占有する大きな複合ディスプレイと、各兵装を司るコンソール、そして天井の証明で薄暗く照らし出されている。 その中央に置かれた電子卓――主に海図として用いられているそれの周りに、富美子をはじめとする摩周の幹部が集まってきた。 皆一様に濃い灰色の防弾チョッキと鉄帽姿で、防弾チョッキの背中には各の役職がかかれている。 「では、最後のブリーフィングを始めます」 進行役を務める真柴砲雷長が口を開く。 「「硫黄」との遭遇戦演習は4月7日0時より、令なく開始されます。ですが、天塩総監気象部が0800より低気圧の接近を予報しているため、戦闘はこれ以前になると思われます」 手元のメモを見やりつつ、砲雷長は説明する。 「公平を期すため、ストリングス15が遮断されたのが一昨日の0700。その時点で、硫黄は本艦の010度175海里を24ktで360度方向に航行中でした。現在、本艦は厳重な灯火・電波管制下にあるため、これ以降の探知は不可能です。尚、この条件は「硫黄」も同じです」 更にキーボードがたたかれ、画面が切り替わる。 「恐らくは、演習開始と同時に北方より探知圏内に侵入し、ハンマースピアによる飽和攻撃を仕掛けてくるかと」 言と共に電子卓のアイコンが移動し、硫黄が攻撃位置に着く様が映し出される。 「敵は同じ同形艦といえ、連度ではあちらが勝っています。演習開始と共に全てのカモメを射出。敵艦を確認し次第、こちらもハンマースピアによる飽和攻撃をかけるのがベストかと――艦長のお考えは?」 最後の一言を思い出したように、砲雷長は付け加えた。 「――もう少し演習エリアが広ければ、この民間航路に紛れて闇討ちできるんだけどね・・・いいわ。それでいきましょう」 「では、具体的な時間割ですが――」 砲雷長の声を遮り、直上の艦内無線が入電を告げる。見上げると、艦橋脇の見張り場のランプが点滅していた。 「CIC、航海長だ――あ?もう一度言ってみろ」 無粋な言葉に数名の士官が眉間にしわを寄せる中 『ですから、11時方向で爆発です!』 インカムを耳に当てると共に、見張り員の声が飛び込む。 「艦橋2番、艦長――間違いではないの?」 『間違いありません!遠方でかなり小さかったですが、あれは間違いなく爆炎です!』 興奮した口調で、見張りの自衛官はそう断言する。 「・・・電波封鎖解除!レーダーで周辺海域を探査して」 「艦長!」 富美子の命令に、砲雷長が異議を唱える。 『SPAR18復帰。レーダー感度67%――当該海域に艦影1。方位350度。距離22海里。SIFに応答なし』 一瞬の戸惑いの後、レーダーを睨む電測長が告げる。 「事故、でしょうか」 「それなら無線連絡が入るはず。無線が潰れたとしても、この距離で目視できる規模の爆発事故なら、救難ブイが自動で射出されるはず」 副長の問いに答えつつ 「・・・硫黄がいない?」 ぽつり、と富美子は呟く。 正面のスクリーンを見上げ、そこに表示されている海図を見やる。 海図の中央に味方駆逐艦を示す青いアイコンと、「DD30−MASYUU」の文字があり、北に20海里の地点に不明艦を示す黄色い目標がある。その周囲には民間航路情報と航行中の民間船舶の情報が表示されているが、演習相手を示す赤いアイコンは何処にも見当たらない。 この演習では、レーダー反応をごまかすことは禁じられている。レーダー波を受ければ必ず敵と認識され、赤いアイコンで表示されるはず。 富美子は卓上ディスプレイに表示されている電子海図へと視線を落とした。そこには、先ほどの会議で使われた硫黄の予想進路が表示されたままになっている。 キーボードを叩いて、正面のディスプレイの情報を、この卓上ディスプレイに重ねて表示させる。 硫黄の予想位置と、不明艦のアイコンはほぼ重なっていた。 「――」 無言のまま顔を上げると、同じようにして卓上ディスプレイを睨む村上の姿が見えた。その顔が持ち上がり、富美子と目が合う。 「まさか――」 「ストリングス15につないで。それと――」 CICを見渡し、そしてよく通る声で令する。 「対水上戦闘、用―意!」 「了解しました――対水上戦闘用―意。これは演習ではない!」 『対水上戦闘用―意!これは演習ではない、繰り返す、これは演習ではない!』 復唱と共に総員配置の鐘の音が響き、待機していたクルー達が各々の持ち場に駆け出す。 その喧騒の中、富美子は砲雷長の側を抜け、火器管制を司るコンソールに歩み寄ると、首から提げた電子鍵を取り出して、それをコンソールに差し込んだ。 火器管制の安全装置が解除され、補助スクリーンに表示されている艦内図の、あらゆる武器の表示が[SAFETY]から攻撃可能を示す[STANDBY]へと切り替わる。 「総員戦闘配置、完了。水上戦闘用意よし」 『ストリングス15、復帰します』 その声と共にスクリーンと卓状ディスプレイの海図が更新され、摩周以外の艦とデータリンクがその艦の情報もスクリーンに表示される。 大半は[ONLINE]の表示だが、唯一つ、硫黄だけは[OFFLINE]の表示がある。 たとえ演習中であろうと、ストリングスを作動させれば自動的にデータリンクが繋がり、その情報が表示されるはずだ。にもかかわらず、硫黄とはデータリンクが結ばれない。 「カモメ発射用意。発射機数1機。355度の不明艦を目標に指定」 『カモメ、諸元入力完了。発射用意よし』 前部VLSの蓋が開き、黒いゴム製の防護皮膜が月明かりに照らし出される。 「カモメ、発射はじめー!」 命令と共に、VLSから無人偵察ユニットが打ち出される。バックブラストで甲板のペンキが焦げ、素人目には被弾したような模様が刻まれる。 『発射完了。目標に接近中。目標視認圏内まで5分30秒』 「――艦長」 無線のマイクを手で覆い、押し殺した声で村上は問いかける。 「もしも、硫黄が攻撃されていた場合は?」 富美子の手に握られたままのマスターキーを見やり、村上は言う。 「――」 『カモメ、目標視認圏に進入。映像でます』 主スクリーン右側のサブスクリーンに、カモメが捕らえた映像――沈みかけた船が1隻、映し出される。 吹き飛んだ艦橋構造物から吹き上がる炎が、立ち上る黒煙と右舷側に傾斜した船体を照らし出している。 そんな中。生き残ったクルー達が前甲板と後部甲板に集結し、そこでオレンジ色の膨張式救命筏を展開しているのが見えた。その周囲の海面には、既に幾つかの筏や内火艇が漂っているのがうかがえる。 その艦首には、白抜きで29の文字がある。 見慣れた僚艦の艦型番号であった。 CICの気温が、一気に下がったように思えた。 「天塩に緊急伝、本文「硫黄が何らかの原因により大破。本艦はこれより硫黄の救援に向かう」以上」 言い放ってマイクを掴むと、艦橋へと通じる通話ボタンを押す。 「艦橋、艦長。経路変更。新たな経路355度へ。両舷前進強速」 ボタンを切り替え、今度は全艦に向けて口を開く。 「艦長より総員へ、状況を達する―――」 一度マイクのスイッチを離し、自分の声が艦内に響くのを確かめ、再び口を開く。 「本艦は硫黄との遭遇戦演習を行うべく航行中であったが、その硫黄が何者かの攻撃を受け、大破したのを確認しました。これを受け、本艦は演習を中止。硫黄の救援に向かうべく、現場に急行中です。現場到着予定は――2340。現場到着後は生存者の収容、ならびに海上捜索を行います」 再び言葉を切り、続ける。 「尚、硫黄は何者からか攻撃を受けた可能性が高い。よって、本艦は戦闘配置のまま、救援に向かいます。各員は敵の攻撃に備えて、対空、対水上見張りを厳に。以上」 重い沈黙がCICに広がり、幹部たちが最小限の言葉を残して部署へと駆け戻ると、更に沈黙が重さを増したような気がした。 それを破って、耳障りに警告音が響く。 「レーダー探知。高速で本艦に近づく小型飛翔体あり。数は4。対艦ミサイルと思われる。315度。19海里。速度550kt。接触まで約120秒!」 電測長が報告し、スクリーンに対艦ミサイルを示すアイコンが4つ表示され、探知された順にアルファ、ブラヴォー、チャーリー、デルタのコールサインが与えられる。 速度、高度といった数値情報がその傍らに表示され、その前方に予想進路を示す破線が引かれ、それはこの摩周まで延びていた。 「対空戦闘用意!ウォッチは対空警戒を厳に!」 「目標、ロストコンタクト」 それまで実線だったアイコンが、推定位置であることを示す破線で縁取られたものへと入れ替わる。 『レーダーで周辺海域を再度探査しろ!』 『――探査終了。周辺海域に新たな目標なし』 『TASSはどうした?』 『・・・入感なし。周辺海域に水上、水中目標なし!』 『敵ミサイル、接触まで約100秒!』 平静を表情に張り付かせて、右手を強く握り締めて内心の不安を誤魔化して、富美子は正面のスクリーンを見やった。 確実にミサイルを叩くには、ミサイルの発するレーダー波か、発射した当人のそれを確認し、そこから諸元情報を割り出さねばならない。が、現状ではその諸元情報が不足している。 (カモメの現在位置じゃ探知は不可能・・・ぎりぎりまで引き付けて、水平線上に現れたところでレーダー波を捕らえ、そこにヴィクトールを叩き込み、外れた場合は砲熕兵器による迎撃を行う・・・いや、それじゃ遅すぎる・・・なら・・・) 対処法をまとめ、艦橋へと指示を飛ばす。 「面舵20。速力このまま」 『面舵ふたじゅー』 摩周は回頭。敵ミサイルを左舷に受ける形で迎撃体制を整える。 「左対空戦闘。ヴィクトール発射用意」 CICに詰める士官達の視線が、一斉に自分に向くのがわかった。無論好意的なものではない。 「しかし、まだESMを捕らえていませんし、カモメによる中間誘導も現状では期待できません。目標が水平線上に姿を見せてから対処するのがベストです」 戦闘を掌る砲雷長が、富美子に向き直ってそう言った。 「ミサイルが水平線上に現れてから対処したのでは遅すぎます。ESMを感知するまでは本艦が予想進路上に誘導し、感知後は即座に攻撃させます」 砲雷長と目線を合わせ、決して大きくはない、しかしよく通る凛とした声で富美子は反論する。 「――了解しました」 砲雷長はそれだけ言い、自分の持ち場へと戻っていった。 「ヴィクトール発射用意よし」 「発射はじめー、サルボ!」 命令と共に、甲板に発射警報が鳴り響き、直後、凄まじい噴煙が前部VLSから吹き上がり、閃光それを白く浮かび上がらせる。前甲板のペンキが更に焼け焦げるが、その様も噴煙に覆い隠されて見えなくなる。その噴煙を貫いて、4発の対空ミサイルが閃光を伴って打ち出された。 打ち出された4発のヴィクトールは、上空300メートルまで垂直上昇し、方位315に転進。降下しつつハープーンの予想進路へと向き直った。 「ヴィクトール発射完了。イルミネーターレーダー、リンクよし」 スクリーンにヴィクトールのアイコンが4つ表示され、敵ミサイル群の予想進路上へと飛翔していく。 「敵ミサイル。レーダー有効圏内まであと10秒」 電測長のカウントダウンと共に、ミサイルのアイコンがレーダー圏内を示す波線へと接近していく。 「目標群再探知、まっすぐ突っ込んでくる!」 「ESM感知。目標ハープーン、間違いなし」 スクリーン上のハープーンのアイコンが実線のものへと替わり、それに伴い予想進路も更新されるが、当初予測していたものと大差はない。 「ヴィクトール諸元入力よし。インターセプトまで5秒」 艦後部の終末誘導用レーダーが向きを変え、それと共にヴィクトールの高度が急激に下がり、ハープーンのアイコンに接近していく。 「マーク・インターセプト!」 4発のヴィクトールは目標の予想進路上で爆発、無数の破片を前方にばら撒いた。しかし、過去の戦闘データを入力されたハープーンの電子頭脳はそれを事前に予測。急激に高度を上げるホップアップ機動でそれを回避しようと試みた。 反応の遅れた2発がヴィクトールの破片に突っ込み、爆発したが、残りの2発は依然と突入を続ける。 「目標はずれた」 電測長の声が重く響き、 「主砲攻撃はじめー!」 「撃ちー方はじめー。用―意、撃ぇっ!」 それをかき消して、独特の抑揚の命令と復唱が響く。 艦橋前後、5基の連装38式44口径128mm速射砲が砲口を持ち上げ、左舷側に旋回すると同時に、飛来し続けるハープーンに向けて砲撃を開始した。全ての砲が一斉に射撃するのではなく、互いの装填時間をカバーするよう、微妙に射撃タイミングをずらした対空砲撃。 瞬く間に摩周の左舷側で無数の対空砲弾が炸裂し、文字通りの弾幕を展開する。 放たれた数十発の内の一発が、ホップアップからシースキミングへと移行しつつあるハープーンの舵を破壊し、海面に叩きつけることに成功した。衝突の衝撃で水柱が立ち、続く弾頭の爆発でさらに大きな水柱があがる。 「目標ブラヴォー撃破。アルファはさらに接近!」 「近接防御。CIWS1、2及びアームス。AAWオート、撃ちー方はじめー!」 CIWS1と呼ばれる20o連装砲を備えるヴァリアント・パテントと、CIWS2と呼ばれる20mm単装のオーディン・ロジック。合計3基のCIWSと、2基のアースム\/NAASMが射撃を開始。ドラムを猛スピードで連打するような独特の射撃音が響き、速射砲の砲弾が炸裂する中、無数の曳光弾とAASMがハープーンに向けて伸びる。 「チャフ、発射はじめ!」 「まにあわない!」 「見張り員艦内退避!総員衝撃に備え!」 全艦放送のマイクを掴んでそう吼え、そして卓状ディスプレイの淵を強く握り締める。数瞬の間の後、凄まじい衝撃が摩周を揺さぶった。 シースキミングで接近したハープーンは、着弾の5秒前にCIWSの弾幕に突入。全身に被弾し、瓦解しつつも慣性の法則に従って飛翔を続け、着弾2秒前になって弾頭部が耐え切れずに爆発した。 爆発で周囲の海水が瞬時に沸騰して霧となり、続く衝撃波がそれをかき消し、摩周の船体を揺らす。さらに一瞬の間の後、熱波と無数の破片が摩周に叩きつけられ、艦橋の窓や左舷側のフェーズド・アレイ・レーダーが引き裂かれる。 「被害報告!」 衝撃に揺さぶられ、床に倒れつつも命令を飛ばす。 『SPAR-18、RSPM-5、RSP-18各レーダー機能不全』 『3番パテント、1番ロジック反応なし』 『第2発電室、火災!ですが軽微、すでに対処中!』 『各科員に負傷者アリ、現在集計中!』 「各科、火災箇所の消火作業と、負傷者の応急処置を急いで!」 報告を聞き、命令を下しつつ起き上がろうとすると、目の前に手が差し伸べられた。見上げると、副長が手を差し出していた。 「・・・ありがとう」 少しの躊躇の後、差し出された手を握って起き上がる。 「小破・・・にしては重傷ですか、中破まではいかないでしょう。各部のダメコンも滞りありません」 富美子よりも遥かに手馴れた手つきでキーボードを叩き、卓状ディスプレイに被害状況を映し出す。 「なかなかの手並みでした」 ぽつり、と副長が呟く様に言う。聞き違いではないかと呆然としていると、彼は卓状ディスプレイを見下ろしたまま再び口を開いた。 「言葉通りの意味です。あと少し対処が遅れていたら・・・」 そう言って、彼は緊張を浮かべた表情の中で、かすかに微笑を浮かべた。始めて見る彼の表情だった。 「―――ありがとう」 富美子もまた、控えめな微笑で答える。 「レーダー、IR、敵影は確認できる?」 『――水上・対空目標共になし』 「カモメはどう?」 『・・・反応ありません。周辺海域に敵影なし』 「――対空戦闘、用具収めー。艦橋、経路戻せ。速力このまま。硫黄の救難へと向かう――それと、艦長より総員へ」 「みんな、ありがとう」 微かな月明かりに照らされる海原。先ほどまで曳光弾とミサイルの閃光で彩られていたそこを、双眼鏡で見据える男がいた。 年の頃は50の半ばほど、日焼けした二の腕は、彼が長い時間話海で過ごしてきたことを物語っている。 「逃したか・・・流石はIJNの末裔だな」 双眼鏡を見据えたまま、艦長はぽつりと呟く。 「・・・ 艦橋中央、操船や速力調整を統括するメインコンソールの傍らに立つ男が、艦長に問いかける。 「いや、やめておこう」 双眼鏡を降ろし、艦長は言った。 「弾薬の消費も激しい、一度本格的な補給を受ける必要がある。それに、 そういって艦長は、わずかに笑みを浮かべた。 「“30”の駆逐艦・・・面白くなりそうだ」 |
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2007/10/05:緑炎さんから頂きました。
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