ACE COMBAT X skies of Deception 〜英雄と偽りの空〜
第一章




<ユジーーーーーーーーン!!!!>

兵舎の自室にこもったままもう三日も寝ていない寝不足の脳を駆け巡るあの台詞。
どうしてああなってしまったのか、自分でも分からない。
緑色に輝く半球から三つの輝きが消えた瞬間、僕は何もすることができなかった。
ただあるのは、あの瞬間自分の判断の遅れで仲間が散ってしまったという事実だけだ。
もう枯れてしまったかと思っていた雫が、真っ赤に腫れ上がった目元を伝って、くしゃくしゃになったシーツを濡らした。

――レサスの巨大兵器「グレイプニル」俗に空中要塞と呼ばれるこの機体に搭載された最凶の兵器、SWBM(衝撃波弾道ミサイル)によって、このオーブリー岬の基地航空兵力であったグリフィス隊は隊長のグリフィス1と、5番機であるグリフィス5のみになってしまった。ただし、グリフィス5のF-4Sはかなりの損傷を負っていた。今の状態では真っ直ぐに飛ぶことすら難しい。したがって現在、オーブリーの航空戦力はグリフィス1一機のみだ。
そんなとき、ウゥー!とけたたましいサイレンの音が兵舎全体に響いた。

空襲警報――!

この基地に通信士は僕一人しか居ない。だから、空襲時の迎撃機の航空管制は僕がやるしかない。ただ・・・
戦える兵力(ちから)なんて・・・と半ば自棄になった思考の僕の耳に、バタバタといった足音と「おい!」などといった声が届いた。
脱出の準備かと思い、真っ赤になった目元をこすりながら部屋の扉を開けると、ドンと衝撃がきて僕は後ろに尻餅をついた。何事かと思って部屋から出ると、そこには顔を真っ赤にした整備員が顔を抑えて転がっていた。彼の顔が真っ赤なのはここまで走ってきたせいだけではないだろうなと、変に冷静な僕の考えが頭の隅によぎった。
僕はその整備兵の手を引っ張り立たせると、整備員は怒りと恐れがない交ぜになったような震えた声でこう言った。
「馬鹿やろ!ユジーン!何処見て・・・って違った。大変だ!た・・・隊長が・・・!」
思わず僕は後ろを振り返った。

その直後、ボーンという重低音が格納庫に近いこの兵舎に轟いた。
――隊長何を・・・?僕は狭い兵舎の廊下を駆け出した。




兵舎の外に飛び出すと、一機の灰色の機体がゆっくりと滑走路へと向かっていた。
傷つき、汚れたロートル機に鷲と南十字星あしらった部隊マークが燦然と輝いている。オーブリー第一飛行中隊、グリフィス隊の証。
その戦闘機からは、何かのこの絶望的な状況の中にあってそれでも凜として戦う意思を感じた。
主翼には満載されたミサイル。その一本一本がこの国の希望の矢にも見えた――。

不意に僕は後頭部に強い衝撃と痛みを感じた。
僕は思わず頭を抱えてしゃがみこんでしまった。
後ろを振り返ると、基地指令のオスマン大佐が握りこぶしを作って立っていた。

「何をボーっとしているんだ、ユジーン。お前の持ち場はここじゃないだろう。」
「ですが大佐・・・」
「言い訳はいい、さっさと管制塔へ行け。裏表のない奴・・・・・がお待ちかねだ。」
「裏表・・・ですか?」
「いや・・・なんでもない。ほらっ、さっさといかんか!」
「ハッ!」

管制塔に向かって駆け出した僕の影に、一瞬大きな鳥の影が重なった――。



もう何機落としたか分からない。そして今もHUDに一機捉え、ガンをお見舞いする。
日本の艦隊に接触する前なのにわざわざレサスは親切に送迎会を開いてくれた。
とりあえず親切にされたらお礼をしなければならない。それが人というものだ。しかしまだ足りないらしい。パーティの料理は追加される一方だ、これが戦争でなければ嬉しい限りだが、今はあいにく戦時中。そんな生易しい料理は追加される訳がない。
「クソッ!もう腹いっぱいだ!大体メインデッシュはなんなんだよ!」
「知るか!ほら6時方向来てるぞ!」
「って言うかまだ日本はこねぇのかよ!これじゃあ補給も出来やしない!」
部下達の無線を聞いていたアレックス中尉は苦笑いするしかない。
「もう何でもいいから食べとけ。あの世じゃこんなに食えないぞ?」
「もう十分食ったって!後はソバツユで締めたいぜ!」
「いいから集中するぞ。生き残れば日本の船でソバツユものめるぞ」
そう言った後即座に自分の思考を切り替え、敵を捉える。敵機はF/A-18、貧乏な国にしては贅沢な機体じゃねぇか。
ヘッドトゥヘッドで突っ込む。ミサイルは既に打ち尽くした為ガンでの勝負になる。
どうやら相手も同じ状態らしい。そして、みるみるうちに距離が詰まりガンの射程に入る。ガンレティクルが表示されると同時にトリガーを一瞬だけ引く、そしてすぐさまバレルロール。近距離で必中を狙った敵機は賭けに負け、ガンの雨に突っ込むこととなった、ホーネットのコクピットが鮮血で染まる。
一機撃墜したがその感慨に浸る余裕は無い。すでにコクピットにはジ・・ジ・・とレーダー警報が鳴っている。
「隊長!ケツ取られてるぞ!」
うっせぇ分かってる!高G旋回をしているために声が出ない。下手に首は動かせないので目で敵機を追う。しかし視界には入らない。ただレーダー警報がミサイル警報に変わったのは理解できた。(っ!ええい!)ここまで来たら最終手段。クルビットもどきでもやるか?
そう考えていた時警報が止み、通信が入ってきた。
「遅れてすまない!こちら日本軍第三外洋機動艦隊。貴隊を支援する」

とりあえずファルクラムを追っかけていたホーネットを落とした。だがまだ敵は圧倒的な数が残っている。
「ありがとよ!恩にきるぜ。帰ったらオーレリアのいい酒おごってやるよ!」
「お!それは楽しみだな!でも落ちんなよ!」
「安心しろ。俺は模擬戦で1回も落とされたことが無いスペシャル様だぞ?」
あぁ、そういえば確かアニメでこんなこと言ってたキャラがいたな。生存フラグの塊なんだろうな、こいつ。と秋元は心で言った。
しかしアリスの声でそんな下らない思考は閉じられる。
「・・・マスター、11時に敵編隊です」
「分かった。よし!各機自由戦闘を許可!5機以上落としてこい!でなければ再出撃だ!」
「とか言ってハウントリーダーが落とせないんじゃないですか?」
「言ってくれるな二番機よ。だが今日のトップスコアは俺だ」
だがジョークの時間はここまで、これからは嫌でも集中するお時間だ。
「・・・マスター、敵編隊距離2000です」
「よし、アリス、XLAA(中距離高性能空対空ミサイル)起動」
「・・・はい、マスター」
HUDの上をシーカーが動きロックオン
「ハウントリーダー、FOX-3!」
フランカー・ゼロからリリースされたミサイルはアリスの制御もあり正確に4機を打ち抜く。
「ハウントリーダー、スプラッシュ4(ハウントリーダー、4機撃墜)」
猟犬はさらなる獲物を探しに空を舞っていった。気づいてみればレサス優位だったはずの戦闘は日本の介入により逆転していた。

Su-37jkフランカーゼロ。日本が正式採用している制空戦闘機である。離着艦機能を備え、空母での使用が可能になっているのが特徴である。それ以外にもコブラやクルビット等の機動に代表されるように、格闘戦に強い機体である。また、リサーチャーなどの改修機のバリエーションからもこの機体の優秀さが分かるであろう。
そして、この機体は精神生命体の実験機としても利用されている。例えば先ほどの秋元中尉の機体には“アリス”という精神生命体が宿っている。この第三艦隊以外にも実験に使用されている艦がいくつかある。またこの機体以外にも実験的にこの躑躅搭載機に搭載されている。

Su-34jkアサルトフランカーで構成されたアサルト・キャッツ隊。この隊の一番機にも精神生命体が宿っている。その名を“レオナ”と言う。
「各機、あのドデカイ奴に魚雷を打ち込むぞ」
アサルト・キャッツ隊一番機―煤原大尉は僚機にそう告げると雷撃態勢に移行する。それに合わせて僚機も高度を下げて一番機に続く。
高度20フィート。俗に言う雷撃高度で機首を水平にし、あのドデカイ奴の横っ腹目がけて進む。
「マスタぁー、敵艦の対空砲火来ますよぉ!」
「レオナよ、俺を誰だと思ってる?これくらい対空砲火ではないわぁ!」
敵艦から狂ったように対空砲火が上げられる。しかし、戦況が逆転し指揮系統が混乱しているのか攻撃に統一性が無かった。そんな攻撃が百戦錬磨のアサルト・キャッツ隊に通用する訳がなかった。
「マスタぁー、敵射程距離に入りましたよぉ!」
「うむ、各機雷撃開始!投下!投下!」

アサルトフランカーより放たれた酸素魚雷は現代でも十分通用する代物だ、その威力は通常魚雷の比ではない。
そんな魚雷が8本も同時に当たったらどうなるか?答えは簡単。徹底的な破壊である。
「ソナーよりCIC!敵魚雷きまぁす!」
「迎撃しろ!早く!」
「ま、間に合いません!き、来ます!」
「総員対ショック防―」
艦長は最後まで言葉を発することが出来なかった。なぜなら今までの砲撃とは比べものにならない衝撃が襲ってきたのだから。

魚雷の着弾と同時に船体には巨大な穴が空き、そこから海水が勢いよく浸水してきた。
「ダメコンはどうなってる!?」
「無理ですよ!追いつきません!」
「何やってんだ!早く逃げろ!死ぬぞ!」
「大変だ!ボイラー室がー」
「う、うわぁぁぁぁ!」
艦内は阿鼻叫喚の地獄そのものだった。海水が船内にいた船員を押し流し、機関室に入り中のボイラーが爆発した。混乱で命令が錯綜し、退艦できたのは全乗員の約3分の1であった。
旗艦の沈没後、残存したレサス艦隊は降伏した。

凄まじいものだな・・・彼は率直にそう思った。日本軍が到着してから戦況は逆転した。艦隊の規模は我々と同じ位だろうがこうも差があるとは思っていなかった。
だが、そんな感慨に浸っている前に人間としてやるべきことがある。
「私はオーレリア海軍第1機動艦隊司令官ドレッドノート少将です。この海域にいる全ての日本軍機に艦隊を代表して感謝を致します。ご支援ありがとうございました」
そう告げて彼は艦橋に上がる。そして彼は1人ガラスの無い艦橋から正面の空母を仰ぐ。
これから長い間共に戦う“戦友”を一人眺めていた。



緑に光る半球を目の前にして、僕は座っていた。

その半球の中には、白い輝点が多数写し出されていた。
IFFの応答は勿論無し。

その白い輝点の後方には、たった一つの青い輝点。
そう、この基地、いやオーレリアの空の最後の希望である戦闘機、
“グリフィス1”だ。

<<まもなく、敵編隊に追いつきます。十分注意してください。>>

頭につけたヘッドフォンからは何も返事が返ってこない。
ある意味いつもどおりの反応だった。

敵は前回の攻撃でこの基地の航空隊を全滅させたと思い込んでいるらしく、
周りを固める護衛機らしい輝点も編隊の隅から動く気配がない。
また、今回は前に比べて輝点の数が若干多い代わりに速度が遅い。
輸送機がいるのだろう。対オーレリア戦争の最後の仕上げをするべき人員を乗せたものが。

そんなことを考えている間に、グリフィス1が敵編隊に追いついた。
グリフィス1は今、敵編隊の若干後方の渓谷の中に潜んでいるようだ。
敵が気づいた様子は未だない。

僕が睨みつけるように半球を見ていると、隣にいる通信員からイヤホンを渡された。
どうやらレサスの無線傍受が可能になったらしい。
渡されたイヤホンからは、敵の他愛のない会話が聞こえてきた。

<<あぁー眠ぃぞ畜生め。こんな任務をなんで俺らがやらなきゃなんねぇんだよ>>
<<ムガロ2より5、我慢しろ。これが終わったら今夜は基地で祝勝会だ>>
<<そぉだったな、へへへ・・・若ぇネェチャンはいるのか?>>
<<お前な・・・また大尉に殴られるぞ>>
<<そりゃあ御勘弁願ぃ・・・ビーッ!ビーッ!・・・なっ・・・ミサイルだ!>>

半球の全ての輝点が大きく動いた。
青の輝点から放たれた細長い輝点が吸い込まれるように白い輝点に向かっていく。

<<駄目だ!避け切れない!>>
<<脱出しろ!!ムガロ5!>>
<<ムガロ5!イジェークト!!!!>>
<<一機やられた!クソッ!一体何処から!?>>
<<あそこだ!ムガロ2!>>
<<こちらムガロ4!やられた!操縦不能!ベイルアウトする!!>>
<<こちら輸送隊!追われている!助けてくれ!>>
<<クソッタレが!!怯むなお前ら!相手はF-4一機だ!>>

「す・・・凄い・・・」
散り散りに散開した白い輝点が次々と消えていく。
傍受した無線からも先ほどの長閑さは微塵もなくなり、大混乱に陥っている。
だが、いかんせん数が多い。先行した輸送機3機が速度を上げて基地に向かってくる。

輸送隊の到達だけは絶対に避けなければならない。
理由は簡単だ。輸送された敵の陸上戦力に抵抗する力はこの基地にはない。ただそれだけだ。
そしてこの基地が陥ちると、もうレサスに抗える基地はない。それはこの戦争の終結を意味する。
無論この国の負けで、だ。
そうなってしまったら、その先はこの国にとって過酷な運命しか待っていないだろう。
そんなこと、絶対にあってはならない。そのために多くの血が流れようとも・・・

半球に目を戻すと、グリフィス1と戦っていた白い輝点は全て消滅しまっていた。
惚れ惚れするような腕と鮮やかさだ。

だが、まだ終わったわけではない。
<<クラックスよりグリフィス1、基地に輸送機が向かってきています!急いでください!>>

管制塔の外に目をやると、滑走路に対空機銃を牽引したジープとSAMを引っ張った大型トレーラーが飛び出していくところだった。また、司令部の裏から2両しかない虎の子のシェリダンが出てくるのが見えた。
ただ、これでは敵輸送機に着陸されてしまったらひとたまりもないだろう。
白い3つの輝点が基地のマーカーの至近距離に迫っていた。
頼みの綱のグリフィス1はギリギリ間に合うかどうかの距離だ。

ごう・・・と薄いコンクリートの壁越しに聞き覚えのあるジェットエンジンの音が響いた。
外を見ると、サチャナ基地色のC-1だった。ただし、国籍マークはレサスのものだった。
SAMから轟音を立てて対空ミサイルが射出された。それに続いて対空機銃もけたたましく鳴りはじめた。
一本のミサイルが正面からC-1を貫いた。爆砕された機体から戦車が滑り落ちて地面に叩きつけられる。
残った四機が強行着陸しようと突入してくる。その中の一機が右エンジンから煙を噴き上げて林に突っ込んだ。
最後に残された一機はうろたえて無理矢理滑走路に突入しようとしていたが、そこまでだった。
C-1の真後ろをグリフィス1がピタリと抑えたのだ。
最早戦意を喪失したC-1は、ゆっくりと滑走路をフライパスしてゆく。そして、こちらの降伏を促す発光信号に従って第二滑走路に着陸した。

着陸したC-1を守衛隊が取り囲んでゆく。
ハッチが開くと、中からシャツを引き裂いて作った白旗を掲げた兵士がぞろぞろと降りてきた。
兵士たちは全く抵抗するそぶりを見せなかった。

上空ではグリフィス1がゆっくりと円を描いていたが、それを見届けると第一滑走路に着陸してきた。
キャノピーが開いて、耐Gスーツ姿の男がゆっくりと姿を表した。
すぐさまラッタルがかけられ、男が地面に降り立った。
その姿は堂々たるもので、まさに百戦錬磨の風格を感じさせるものだった。

僕は、その姿を近くで見ようと思った。
「おい、何処行くんだよ、ユジーン」
隣にいた通信員がやおら立ち上がった僕に驚いた声で問いかけてきたが無視した。
どうしても見ておかなければならない、そんな気がしたからだった。

僕が滑走路まで出てきたとき、グリフィス1はオスマン大佐と何事かを話していた。
その後ろを牽引車に引かれたF-4が通過していった。

こちらが声を掛けられず立ち尽くしていると、それに気づいた彼は大佐との会話を手で制してこちらへ歩み寄ってきた。

「あ・・・あのぉ・・・」
僕が言葉を詰まらせていると、彼はすれ違いざまに腕を僕の肩にかけて、囁いた。
「お前は、この国を・・・この世界をどう思っている?」

僕は答えることができなかった。

振り返ると、夏の陽光の中に佇む大きな背中がやけに寂しく見えた――。



 2010/08/07:子鶴軍曹さん Rspecさんから頂きました。
秋元 俺はうどん派です。そういえばACX、まだプレイしてないな」
「うどん派って……」
アリス 「……うどん派」

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