ACE COMBAT X skies of Deception 〜英雄と偽りの空〜
第九章




ブラウン管の緑色の画面には島々の影が映っている。制空権が確保され、この空域には飛行する航空機はおろか、小型艦船でさえいない。僅か数日前までは考えられないようなことだった。ふと、席をはずし、小さい窓から外を眺めてみる。少し下ではカモメ達が群れを組んで雲一つない空を飛んでいる。カモメ達にとって、ここがどちらの制空権なのかは関係ない。ただ、自分達の縄張りであり、そこに国家も何もないのだ。あるのは、いつもの青い空と海だけなのだ。ふと、そんなことを考えてしまう。随分じじ臭くなったもんだな―自分に対してそう毒づいてみる。
しかし、感慨に耽っている余裕はない。すぐに席に戻り、また画面と睨めっこを始める。
すると、レーダーに不穏な影が映し出される。IFFを確認・・・レサス?一体何故?とりあえず迎撃機インターセプターを上げねば、
「スターアイより、パターソンコントロール。空域C8Sにて敵捕捉。機数4、機種不明」
「こちらパターソンコントロール、了解。要撃機を上げる。貴機は上空で戦闘支援に当たれたし」
あと数分もすれば友軍機が到着するだろう。しかし、一体何故敵はこちらへ攻めてくるのか?空母を随伴しているならまだ分かる。しかし今回は規模からみても1個部隊ほど。更に夜間の飛行ならいざ知らず、白昼に堂々と敵の勢力下を飛行している。
「一体なんの真似ごとだ?」
その呟きは、機内の誰にも聞こえなかった。

突然、スクランブルのアラートがパイロットの待機室内に響き渡った。部屋にいた4人は一斉に飛びだし、フライトスーツの着用に入る。呆れるくらいの速さで着替え終わり、今度はハンガーを目指す。
一方ハンガーでは、新品同然の機体に増漕と、ミサイルの取り付けが行われていた。作業も半ば終わりに差し掛かった頃、パイロット達が到着。各々の機体のコクピットに収まり、自機の計器類を確認。GPSなどのデータを入力し、機体を目覚めさせる。そして、機体下部でミサイルの安全ピンを抜き終わったのを確認し、エンジンスタート。ゆっくりとタクシーウェイへ移動し、管制塔の指示を待つ。
「レイニーフライト、クリア・フォー・テイクオフ」
管制塔から指示が入る。
「レイニーフライト、クリア・フォー・テイクオフ」
返答と同時に、漆黒の4機が滑走路へ進入。ラダー等を動かし、機体の最終チェックを行う。−各機異常なし。
「レイニーフライト、テイクオフ」
「レイニーフライト、テイクオフ」
「ツー」
「スリー」
「フォー」
全機の返答を確認し、先頭の1機は離陸滑走を開始。短めの滑走で空へ舞い上がる。続けて2番、3番、4番機と離陸していく。
戦域到着まで、あと5分―

捕捉してから8分。敵は暫定防空識別圏に接近していた。5分前にスクランブルが上がったのを見ると、何とか防空圏内への進入は防げそうだ。丁度、モニターに友軍のIFFが4つ輝きだした。表示される部隊名はレイニー。彼らならここは任せて大丈夫だろう。
「レイニーリーダー聞こえるか?こちらはスターアイ。敵は我が軍の防空圏に接近しつつある。早急に撃墜せよ」
ヘッドフォンに命令が入り、HUD下のレーダーに補正がかかる。レーダーにはこちらを確認し、向かってくる編隊が見える。
―向こうも気づいた?AWACSも無しにどうやって?
今の自分達でさえAEWが無ければ分からなかったのに、敵は自分達を確認し、向かってきている。更に言うなら、自分達は最新鋭の試験機。少佐の話ならB-2並みのステルスがあると聞いている。
―かなりの奴だな。直感的にそう思った。
すると、HUDに突然目標指示ボックスが浮かびあがる。長距離ミサイルの射程に入ったのだ。ここはセオリー通り、ミサイルを放つ。
「レイニー1、FOX-3」
「ツー」
「スリー」
「フォー」
機体下部のウエポン・ベイが開き、中からミサイルが切り離される。切り離された4機のミサイルは一気に加速し、敵編隊へ向かう。今回はAEWもいるので、精度は格段に上昇している。
4機から放たれたミサイルは正確に敵を全て撃墜する―はずだった。しかし、全ての槍は一つも使命を果たすことなく飛び続けた。
命中しなかったことを告げる文字がHUDに現れ、今度はミサイルアラートが響き渡る。
「くそ!各機ブレイク!その後自由戦闘に入れ!」
散開し、敵の来襲に備える。今の状態では相手が4機ということしか分かっていない。戦況は圧倒的に不利だった。

ミサイルを発射されてすぐに敵は散開した。なかなか思い切りのいい部隊長のようだ。
少しは骨があるのだろうか?開戦からこの方相手にしてきた敵は全て腰ぬけばかりだった。電撃戦を受けたということで多少の動揺があったのは否めないにしても、呆気ない位の弱さであった。さて、今回の奴の腕は如何ほどか?
「オフィーリア、久しぶりの実戦だが大丈夫か?」
「はい、お気になさらずに」
「そうか、ならば行くぞ。イヴリン隊各機ヘ告ぐ、各機自由戦闘を許可。全機撃破せよ」
愛機F-15SEのスロットルレバーをミリタリーへ入れる。今までよりも座席に押さえつけられ、機体が加速していくのが分かる。
既に敵との相対距離は14qを割っている。武装を短距離ミサイルへ切り替え、交戦に備える。まずは、こちらに向かってくる1機を仕留める―

ヘッドオン態勢で正面の敵機と相対し、互いに機銃を放ちすれ違う。2つの火線はどちらにも命中することなく消えていく。ここからは互いにケツを取り合い、気を見て攻撃しなければならなくなった。
面倒なこった―アレックスはそう呟く。
敵の機動は鋭く、すれ違ってから数秒たった今、既にスプリッドSの中ほどに達している。こっちも負けてはいられない。ループ上昇へ入り、高空のポジションを確保しにかかる。すると、1機上空から降下してきて、たちまち挟み撃ちの格好を取らされる。咄嗟に機体を急減速させ、右へ急旋回させる。何Gもの力がかかり、たちまち声も出なくなる。しかし、どうやら罠に嵌ってしまったらしく、後ろに先ほどの機体がくっついてきている。そして、機内に響くレーダー警報。必死に機体をジンクさせ、ロックをかわそうとするが、ピタリとくっ付かれて離れない。そして、ミサイルアラートが聞こえてくる。咄嗟にフレアを幾つも放出し、フレアカーデンを作り急上昇。−この位置ならミサイルの種類はおそらくサイドワインダーの様な熱感知型のはず。その読みは当たり、どれがATD-Xの熱源か分からなくなったミサイルは空を迷走し始めた。しかし、敵はまだ後ろにいる。こいつをどうにかしなければ、確実に自分は死ぬ。−クソっ!どうすれば!?
―エアブレーキを展開させてフライトスティクを引いて―
「!?」
声が聞こえた。時間が止まったようになり、声が何回も再生される。
―急減速から機首を上げる?・・・はっ!
考えた時には、手が動いていた。

目の前の敵は中々の腕を持っているようだ。ここまで逃げ切ったのはあのアレクトぐらいしかいないのだから。−もっとも、その時はその直後に逆転され、撃墜されてしまったが。
だが、ここにきて奴の動きが鈍ってきた。少し物足りなかったが、いい戦いをさせてくれた。別れの言葉をささげ、トリガーを引こうとしたその時、敵が目の前でその場一回転をしてきた。慌ててフライトスティクを引き、何とか空中衝突を回避する。しかし、それは敵にオーバーシュートさせられたと同義だった。

「むふぉ!?」
「おい、アレックス何言ってんだよ」
「隊長遂に頭逝っちゃったんですかね〜」
「あるかもね。こんだけハードな空戦してると」
咄嗟に行ったクルビットの体の負担に耐えかねて出た言葉にこんな言葉をかけられるとは、何と薄情な部下達なのだろうか?そういつものように考えている暇は無い。目の前には無防備な敵がいる。ここで攻めずにいつ攻める?ガンレティクルが敵を捉え、ロックオンしたことを知らせる音がなる。すかさずトリガーを引き絞り、ガンを撃つ。しかし、敵はそれをかわして見せた。神がかった機動だった。そして、敵はまた撃たれることを警戒してか、バレルロールを繰り返す。4回目の機動が終わるとき、敵は機首を右に向けていた。すかさず自機を右へ旋回させ、アレックスは敵機の背中を狙おうとする。
駄目ッ!左に―
フライトスティックを倒そうとした瞬間、頭の中に声が聞こえた。さっきも聞こえた声だ。しかし、その声はどこか緊張していて、その中にはしっかりとした確信の入った様な声だった。不思議とその声に従うように手が動いて行く。何故なのかは分からない。ただ、そんなことがほんの一瞬のうちに起った。そして、彼は敵に騙されず、何とかミンチになることを免れた。
だが、お互いの優位は無くなっていた。
よしっ、これで五分五分。さあ、ここから反撃だ!そう気合いを入れてレーダーを見直すと、敵機が戦域から離れていく様子が映しだされていた。
「こちらスターアイ、敵部隊の退却を確認した。こちも撤退を開始せよ。しかし、今日はよくやってくれた、あとでニホンシュでも奢ろう」
「うほっ!いい酒じゃねぇか・・・」
「やめといたほうがいいと思いますよ、多分預金無くなりますから」
「預金ならいいですけど、だからと言ってウチの部隊の資金を天引きしないでくださいよ」
ヘッドフォンからは部下達の談笑が聞こえてくる。今の会話から言って今夜は大酒飲めそうだ。
だが、あの声は一体何だったのか?帰ったらオリヴァーにでも聞いてみよう。昔から気になることがあると眠れないタチだったから、多分今夜も寝れないだろう。さすがにそれは困る。いくら明日が非番であっても、だ。

目が覚めた時には自分は空にいた。清々しい朝に起きた時とは異なった悪感がしていた。
何だろう―周囲を探ると自分の後ろに飛行機がいた。それから殺気の様なものを感じた。
このままでは殺られる−だから、マスターへ指示を出したのだ。
それから何回か指示を出した。毎回マスターはそれを聞いてくれ、自分達が死なずに済んだ。
だが、重要なのはそこでは無い。最も重要なのはマスターに声をかけられたことだった。今まで何故か声をかけられなかった。だが今日は一方的ながらも話が出来た。それが嬉しかった。だから、気づいて欲しかった。謎の声なんて言わずに。
「そろそろ気づいてよ」
その声は甲高いエンジン音に消されていった。

「まさか敵にもMLが存在していたとはなぁ」
「え、いたんすか?そんなの?」
「はい、一瞬ですが私と同じ様な思念を感じましたので間違いないと思います」
「まぁ、オフィーリアちゃんが言っているから間違いは無いんだろうけどな」
「確かにそうだな、今までオフィーリアちゃんがいなかったらトーシャなんて何回死んでたか分からないからなぁ〜」
「先輩ひどいっす!」
「お、いいこと思いついた!隊長!これは我が隊における重大な問題です。是非こいつには彼女がいることを整備兵共にチクることを進言いたしますっ!」
「うむ、言い考えだなバリス君。では君が行いたまえ」
少し、某探偵の様に言ってみる。
「え゛〜完全に死亡フラグたったじゃないですか〜」
「お気の毒にな、ちゃんと棺桶用意しておくから」
「うっせえなこのブサイク野郎!隊長ぉ〜勘弁してくださいよぉ〜」
全く、本当にこの部隊は指揮していて楽しい。いい部下に巡り合えて幸せだと思っている。たまにギャグに走りすぎることが玉に傷だが。
それにしても―そうネヴァン隊の隊長であるミハエルは考える。
敵はクルビットをした辺りから動きが変わった。それも誰かに助言を貰ったようにだ、気になってオフィーリアに聞いてみると、やはり彼女と同じような思念を感じたと言っていた。遂にオーレリアもMLを実戦投入したか、これからは一筋縄ではいかなくなるな。
彼は今までの考えをこの1戦で変えた。まだまだ敵にはできる奴がいるらしい―と。

サンタエルバ方面へ向かう機影の下には、カモメが群れを成して飛んでいた。



「・・・そうか、分かった。長官には無茶を言ってすまなかったと伝えておいてくれ。」
「はい、それでは失礼いたします。」


先日総理から受け取った直々の指令は、なかなかに驚くべきものだった。
現在それを遂行するための作業が急ピッチで進められている。
夜の静寂を掻き回しながら、司令塔の脇を数台の大型トレーラーが
巨大な隼の待つ、これまた巨大なハンガーに向けて走り過ぎていった。
積荷には大きなシートが被せられており、中身を窺い知ることはできなかったが、
それは対レサス戦闘での大きな切り札となりうる存在だそうだ。

暫くすると、先程ハンガーに入っていったトレーラーは背中を空にして夜の闇に消えていく。それに続くように巨大な白い鳥が姿を現し、タキシーウェイに進入していった。

そして時刻にして午前6時22分、朝焼けとともに巨大な隼はオーレリアの希望らしい積荷を載せて北の空へと吸い込まれていった。



僕が今まで聞かされた説明の感想を一言で言うと、
「よく分からない」であった。
大学時代に勉強した日本の言い伝えなどで艦に魂が宿るなんて話は聞いたことがあるが、
それはやはり物語の中だけの話であって、それを現実に、しかも実体化までさせるなどと言われても、ハッキリ言ってそうそう信じられる話な筈がない。
しかし、それは蒼晶石というものを使うことによって、現実世界に存在している。
そんな夢物語を僕みたいな一介の管制員に教えても、到底理解できるはずなかろうに・・・

とりあえず、その精神生命体とやらには1人の人間として接すればいいと最後に教えられた。
正直な話、それだけ教えてもらえればよかったというのは流石に言わなかった。


つくづく上のやっていることは分からないと思ったカラナの甲板での午後であった。





 2011/01/23:子鶴軍曹さん Rspecさんから頂きました。
秋元 「頭で理解しなくていい、感じるんだ!」
「ていうかほら、目の前に居るしね」
アリス 「……その通りです」

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