ACE COMBAT X skies of Deception 〜英雄と偽りの空〜
第一〇章




今、自分は何処にいるのだろう?何も見えず、声も聞こえない。不思議と地面に立っている感覚が無い。自分だけがその空間に存在しているようだ。
―いや、違う。誰かがいる。誰だ―
人影が現れ、自分を見つめる。その顔には見覚えがあった。当たり前だ、今まで片時も忘れたことは無かった顔だったから。
―何でお前が?お前は―
それは何も言わず、ただ微笑を返すだけだった。
そして、影は消えかけていく。
―待てよ、待ってくれ―
手を伸ばす。しかし届かない。
影が完全に消える瞬間、口が僅かに動いた。
何と言ったのかは分からなかった。
一体何を伝えたかったのか?それは影しか分からなかった。
そして、いきなり急に体が下へ落ちていく感覚がした。必死にあがく。だが、慣性の法則には逆らえない。体は底の無い空間を永遠に落ちてゆく―

「うわっ!」
アレックスはベッドから飛び起きた。体中に悪感の汗が流れ、息は上がっている。
本当に何で最近こんな夢ばかり―そうアレックスは呟いた。
ここ最近変な夢しか見ていない。それら全てに共通するのは、自分の過去を振り返らせることであるということだった。
多分疲れているせい。そう結論づけ、着替えを済ませる。
今日はまたフリージアの慣熟飛行。どうやら新たに搭載される新型レーダーの装着が終了し、その性能評価試験を行うらしい。この作業の為に3日も費やしてしまったので、フリージアと飛ぶのは3日ぶりである。
3日―アレックスが謎の声を聞いてから3日がたった。帰還してすぐにハンガーへ入り点検とレーダーの換装が始まった。同時にレイニー隊の他の機体も一緒に改修を受けている。
そのため、レイニー隊の乗機が無くなってしまい、少し時間が出来たのだ。その時間にアレックスはシャハト少佐にその声のことを話した。しかし、少佐でも原因が分からないと言われてしまえば、どうしようもなかった。それからはデスクワーク等の仕事があり、全くハンガーへ足を運べなかったのだ。それでも、あの声は忘れられなかった。それに、あの声はフリージアではないのか?そう考えるようになっていた。ミヒャエル達に話すと、「お前とうとう・・・」など言われてしまったが。

ハンガー内では整備員達が忙しく動き回り、ATD-Xの出撃に備えている。そんな彼らを指揮しているのがシャハトとオリヴァーだ。
「少佐、点検項目のチェック終わりました。あとはパイロットがくればいつでもいけますぜ」
「ん、御苦労。ちゃんと冷蔵庫の飲み物は補充しておいたから好きなだけ飲んでくれ」
「お、いつもいつもすみませんなぁ。おい!休憩だ!さっさと作業止めろ!」
整備長が叫ぶと、了解しましたぁ〜と幾つもの返事が返ってきた。
「では失礼します」そう言って整備長も彼等の輪の中へ混じって行った。
「少佐、例の件ですが・・・」
「ああ、分かっている。でも今ここでそれは明かすべきでないと思うがね」
「一体何故です?もう既に実体化まであと1歩に迫っています。下手すれば今回のテストで覚醒する可能性も否めません。この気を逃せば彼が混乱するだけではないのでしょうか?」
「何事もサプライズが無ければ面白くないだろう?それに、百聞は一見に如かずって言葉があるじゃないか」
「・・・分かりました、説明はしません」
「事全てが明かされてはいけないこともある。それが分かってこそ、優秀な技術者だ」
不服そうな顔を浮かべている副官に対してそう戒める。彼は優秀だ。だからこそ、そう言った面もわきまえねばならない。平和ボケに浸っていたこの国では、軍人は忌避の目で見られる。兵器を開発する者ならなおさらだ。それで苦労するのは自分1人で十分だ。
ハンガー脇の小さい扉が開き、この機のパイロットがやってきた。そろそろ準備をしなければ。
そう思い、彼は整備士達に声をかける。すると、呆れる様な速さで最終チェックを済ましていく。パイロットが乗り込み、エンジンスタート。途端狭いハンガーの中はジェットエンジン独特の甲高い音とケロシンの香りでいっぱいになると、シャッターが開き、ATD-Xはタクシーウェイへ向かっていった。
さて、このチャンスにお互いが気づいてくれればいいのだが・・・。

エンジンに火を灯すと、威勢のいい音が返ってきた。やる気は十分あるようだ。タクシーウェイへ進入している時、ふと、機体に声をかけてみる。気になっていたあの事を。
「なぁ、フリージア。この前俺にアドバイスくれたのお前か?だったらありがとうよ。おかげでお互い助かった」
やさしい声で語りかける。無論、返事は期待していない。当たり前だ、機械が喋るはずが無い。だが、返事をしてくれるのではないか―そんな気分だった。
「何言ってんの、マスターじゃなきゃあの状況は対処出来なかったから言っただけだって」
「そうか、そうだったのか・・・って、この声どっから?」
「・・・何驚いてんの?私しかいないじゃん。無線も入ってないんだから」
「私ぃ〜?・・・ハッ!まさかっ!幻聴!?」
「はぁ〜本当にこれがあの時のマスターと同一人物とはね・・・」
一体どうしたんだ俺は!みんなが言う通り遂に頭が逝ってしまったのか?それもあるかもしれないな、ここのところ疲れていたからそんなことがあっても不思議じゃない。だがそれにしても戦闘機が喋るとは如何ほどか?幻聴の類は何回も経験しているが、その様な声ではない。本当に空気の振動が耳から神経を伝わり、大脳で声と認識される音である。―それが戦闘機から発せられている?あぁ、もう訳が分からなくなってきた。
「おい!レイニー1!さっさと離陸しろ!一体何をやってんだ!」
唐突に無線の電源が入り、怒り心頭の管制官の声が入ってくる。
「やべ・・・、れ、レイニー1テイクオフ」
「あ〜あ、怒られちゃった」
「うっせぇ!少し黙ってろ!」
スロットルをマキシムまで押し込み、機体を加速させる。十分な加速が付いたところで機首を上げ、離陸していく。

漆黒の鳥は昼下がりの空を駆けていく。その鳥には今までとは違い、嬉しそうなオーラが滲みでていた。


11時間も寝て、ボーっとした頭で僕はある考え事をしていた。
グリフィス隊やミチシ隊のことだ。彼らの経歴には結構謎が多い。
元来この国の空軍は設立当時から部隊の名称が代々引き継がれてきた。
例えば第十一国防航空隊「ファルコ隊」などがそうだ。
今に至るまでに多少の名称変更などもあったが、基本的にはそのままの名前だった。

しかし、グリフィス隊やミチシ隊の名前はほんの数年前まで存在していなかった。
航空隊が増強されたと言ってしまえばそれまでだが、
妙な違和感があるのは気のせいだろうか?
しかし今は戦時中。頼もしい仲間がいてくれるのは嬉しいことに変わりはなかった。

僕は考えるのをやめて、気持ちを切り替えようとテレビを点けた。
衛星通信によって世界中の放送が入る中、僕はある番組を見つけた。
「てれれれってーててれれれれー」と軽快な音楽から始まる日本の音楽番組。
サングラスの男がMCを務めるあの番組だ。

「今日のゲストはこの方たちでーす!」
もう一人のMCの女性が呼ぶと、日本の著名なアーティスト達がスモークで包まれた
ゲートから次々と姿を現す。スタジオが歓声で包まれた。
その中には「This」や、「綱兵」、「タコ焼き屋」、「VC3000」など
僕でも知っているアーティストもちらほら見られた。
後ろのゲストスタンド席が埋まったころ、
「今日のメインゲストはこの方!!」
サングラスの男がもう一度呼ぶ。
すると、別の方向からスモークとスポットライトを浴びた女性歌手が現れた。
会場が再び興奮で包まれる。僕も思わずソファーから身を乗り出してしまった。
国民的マルチタレント「えびぱん。」だ。
彼女の本業は歌手であるが、天性のカリスマ性と高い実力で多岐に渡って活躍する
スーパーアイドルだった。
海外でも人気が高く地球の反対側である
このオーレリアにもファンクラブが存在するほどだ。
僕もファンクラブに入るほどではなかったが、好きな芸能人の一人だった。
今週はえびぱん。の4thアルバムも発売されるそうだ。
多分この番組への出演はそれもあってのことだろう。
僕は他チャンネルを確認することも忘れ、番組に見入っていた。
そのときだった

「お、えびじゃないか。」
振り返るとそこには青いツナギを着たいい男が一人、ジサーイ大尉が立っていた。
どうやら格納庫の機体整備を手伝っていたようだ。
「知っているんですか?」
「ああ、懐かしいな。何年会ってないかな?あいつも立派になったもんさ。」
「へ?」
僕は彼の口から出た衝撃的な一言に凍りついた。
「・・・会ったことあるんですか?えびぱん。さんに?」
「ああ。昔はあいつとツルんでよくカラオケとか行ってきたな。
ふふふ・・・もうずっと前の話さ。」

なんてこった、彼は今や国際的アイドルの彼女と知り合いだというのか・・・?

「おっと、こいつは言わない約束だったな。
 ユジーン、このことは黙っておいてくれよな。でなきゃこれだぜ。」
ジサーイ大尉は中指をクイっと上に突き出した。
この仕草が示す彼の行動は明らかだった。
「んじゃあな。あいつの曲もいいが、ゆっくり休んでおけよ?」

「ふふふ・・そうか4枚目か・・・」
にやけながら部屋を出て行く彼を呆然と僕は見送った。
その背中からは今まで以上に不可思議なオーラが発せられているように見えた――。





 2011/01/23:子鶴軍曹さん Rspecさんから頂きました。
「最後の「。」がミソですね」
「……えびぱん。」
「かにぱん。」

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