「あの、すみません・・・どなたでしたっけ?」
「な、何言ってるんだよ、セト。じ、冗談はよせよ」
「セト・・・って、それ、私の名前なんですか?」
舌がからからに乾く、言葉が出ない
俺はその場にへたり込んだ
「あ、あのっ・・・すみません・・・私、戻らせてもらいます」
少女は光となって、消えた

外洋機動艦隊外伝 蒼穹の守り
第九話

プレハブの兵舎のベッドに俺は座った
昔使ってた兵舎はトマホーク攻撃で崩れた
テーブルの上には一瞬『遺品』になりかけ、俺の『私物』に戻ったものが置いてあった
セトの・・・記憶が消えた?
それだけが頭の中を駆け巡る
ノックが聞こえた
立ち上がり、ドアを開けるとそこにはノエルの姿
あれからずっと調べていたのだろう。ノエルの顔には疲労が目立つ
「少し、いいか?」
うなづき、ノエルを部屋に入れる
「で、話って」
「うん、さきほど調査結果が出た。あれからもう一度実体化してもらって、いろいろ調べたんだが・・・」
ノエルはホッチキスでとめられた紙を取り出す
ぱらぱらめくり、あるページを読み上げる
「遺伝子に精神生命体特有の配列あり。そして、遺伝子配列はセトの部屋にあった頭髪と完全に一致した」
「それってつまり・・・」
「ああ、あの人は間違いなくセトだ」
もしかしたらセトじゃないかもしれないという不安は打ち砕かれた。しかし・・・
「どうして・・・記憶がないんだ」
「MLシステムは物に宿った残留思念を実体化させるのだ。分かるかね」
「まあ、なんとなく」
「続けよう。セトは同化したまま何とか海岸に不時着、機体は大破した。そしてそのまま、統治下の間、約一週間放置された。私達が来て即座に回収し、できるだけ部品を流用し、修理した。だが、瀕死の状態で一週間ほって置かれて平気な人間はいないだろう?」
たしかに・・・俺は救助されてすぐに病院に運び込まれたらしいけど、セトは・・・
「MLシステムは完全に昔のセトと同じものを使っている。だが、墜落したりなど大きすぎる損傷は・・・たとえ修復しても障害が出る。ケースが少ないので確実なことは言えないが・・・」
「それじゃあ、セトは・・・」
ノエルが俯く
「正直なところ、MLシステムは専門外だが・・・記憶が戻る確立は・・・きわめて低い」
くそっ・・・せっかく再会したのに・・・
セトの中に、俺がいないなんて・・・
血がにじむほどこぶしを握り締める
耐え切れず、目が潤む
「泣くな・・・北見少尉」
その言葉にキレた
「うるさい、勝手なことを言うな。お前には分からないだろう、この気持ちが・・・」
分かるわけないだろう、そう言いかけたところだった
わき腹にえぐりこむようにしてノエルのパンチが決まった
ジャストミート、寸分のずれもない急所
あまりの痛さにしゃがみこむ。コイツ、体の構造まで熟知してやがる
「勝手なことを言っているのは・・・そっちだろう」
しゃがみこんだところから見上げると、そこにノエルの顔があった
いつも強気で笑っているその目は真っ赤で、今にも零れ落ちそうに涙がたまっている
涙が零れ落ちないよう、必死で唇をかみ締めている
こんな表情のノエルなんて、はじめて見た
「北見みたいな・・・いい大人が泣いてたら・・・私っ、泣けないじゃない。唯一頼れる北見が・・・泣いてたら・・・私・・・誰にすがって泣いたらいいの?」
大きい瞳からきらきらと光の粒がこぼれ落ちる
ノエルは、自分よりずっと小さいのにすべて自分で抱え込んで・・・
立ち上がった俺に、ぽてんとノエルはもたれかかった
「ねぇ、北見・・・泣いても・・・いい?」
ああ、と答えると、俺のTシャツに暖かいものがしみこんだ
こらえきれずにノエルは声を上げて泣き出した
その頭を俺は撫でることしかできなかった

どれくらい時間がたったのだろうか
ようやく泣き止んだノエルが顔を上げた
「私・・・頑張るから・・・なんとかして記憶を取り戻す方法を見つけるから・・・だから・・・北見も」
「ああ、約束する。俺もセトが記憶を取り戻すよう努力するから・・・」
ノエルが袖で涙をぬぐう。そのしぐさが可愛らしい
「ねぇ、北見・・・ちょっとかがんで」
「ん?何だ?」
「目、瞑って・・・」
言われたとおりにかがんで目を瞑る
と、そこで気が付いた。この流れは・・・
一度目を瞑っちゃったし、いまさら開けるわけにも・・・
いや、俺にはセトが・・・でも、あいつ記憶がないし
で、でも、お、俺はロリコンじゃ・・・

グワコォン・・・っと、およそロマンチックじゃない音とともに頭に激痛が走る
い、痛い・・・それよりも衝撃で頭がぐわんぐわんする
床に転がる鈍い金色の物体
な、なんだこれ・・・金ダライ?
「馬鹿者。約束したとたんにすぐこれだ。こんなんじゃセトも浮かばれないぞ」
目を開けると、呆れ顔で俺を見るノエル。もうさっきの涙はどこにもない
「ノエル・・・お前・・・」
「あっ、私、用があるんだった。それじゃ」
「あ、お、おい、ちょっと待て・・・」
バタンとドアが閉められた
さ、最後にやりやがった・・・一瞬かわいいと思った俺が馬鹿みたいだ・・・
それにしても・・・
あとに残されたのは俺と金ダライ
・・・この金ダライ、どこから持ってきたんだろう


2004/03/30 誌ー摸乃譜さんから頂きました。
9話はノエルたんハアハア(ぉ)な内容・・・ゲフッ(もみじのボディブロー+アリスの無言&無表情睨み)
そして北見の浮気発覚!?(違っ) 私がやったらアリスに精神的に殺されます(ぇ)


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