陽炎の上るエプロン。一人の女性が空を見上げる ふらつきながらも何とかバランスを保ち、飛ぶ一機のフランカー 「ん?あの機は?」 「ああ、去年入ってきたばかりの新人ですよ。まったく、ちっとも上達しなくて、いや、お恥ずかしいかぎりで」 「いや、そーじゃなくて、あの機のパイロットを知りたいんですけど・・・」 「あの機の?ええっと・・・北見一哉准尉の機ですね」 ふぅ〜ん、と頷きその女性は小さく呟いた 「面白そうね。まだまだ伸びそうだわ」 外洋機動艦隊外伝 蒼穹の守り 第十二話 やる気なく、ぐで〜っとテーブルにもたれかかる 体を縛り続けてきたGからの開放 そして、帰還後の説教からの開放 ふらふらしているとか、すぐ失速するとか・・・ 分かっている、頭の中では・・・ 「ちくしょう、どうしてできないんだろう・・・」 同期で入ってきた奴らはもうずいぶん上手く飛び、アラート任務や護衛任務についている人もいる 俺はまだ、訓練だけ 「君が北見准尉?」 ぼんやり頭を上げると女性の姿 WAF(女性の空軍隊員)ならひとつの基地に数人しかいないし、人気があるから顔も覚えている。でも、この人は見たことがない 「はい、そーですけど、何かぁ?」 ぼんやり頭を起こしてその人を見る その肩に輝くのは少佐の階級章・・・!! 「し、失礼しましたぁ!!じ、自分が北見一哉准尉であります」 あわてて立ち上がり敬礼をする 少佐って言ったら、中隊の指揮官クラスじゃん・・・こんなのにダラけているところを見られたら・・・ 「あっ、気にしなくていいよ。ねぇ、ここ座ってもいい?」 「は、はい」 俺の緊張を知ってか知らずか、その女性は俺の正面に腰掛けた 長い黒髪がさらりとなびく 「あれ、座らないの?」 不思議そうに首をかしげるその人 「は、はいっ、座らせしていただきます」 奇妙な敬語にくすっとその人は笑った 少佐にしてはだいぶ若い。二十半ばといったところ 「君がさっき空を飛んでたの?」 「は、はいっ。すみません、へたくそで・・・」 恥ずかしい・・・あんなふらふらな飛行を見られてたなんて 「ふふふ。なかなかだったよ。あの失速からのリカバリー」 えっ・・・ 俺が褒められてる? 「フランカーってね、失速を超えた領域があるんだよ。ポストストールマニューバっての、習わなかった?」 「えっと、座学で少し学びましたけど。コブラとか、クルビットって奴ですよね。でもあれは・・・」 「そう、極端にエネルギーを失ってしまうから実戦では役に立たないって言われているけどね。でもね、空戦ってのは相手の意表をつくことが大事なの。頭ではコブラができると思っていても、いきなりコブラを決められたら冷静な判断を失っちゃう。戦闘機がいきなり上を向くなんて、常識じゃありえないから」 そっか、だから失速した後でもある程度コントロールできるんだ。いつも失速しっぱなしだったから分かったことだけど 「ねぇねぇ、これから飛んでみない?」 「えっ、これから・・・でも・・・」 「大丈夫。エース資格保持者ならある程度勝手に飛んでも大丈夫だし」 ・・・い、いまなんと・・・ 「あ、あの・・・すみませんが・・・お名前は・・・」 「あっ、ゴメンね。私は町田麗華。松島基地第四航空団所属よ」 「え・・・あ、あなたがあの・・・」 松島基地第四航空団、通称ブルーインパルス ブルーインパルスの町田麗華といえば、航空ファンで知らない奴はいない 最年少、女性で初のブルーインパルスのパイロット 航空雑誌でインタビューを受けたこともある、今話題の人だ 「ほらほら、機体はゼロ・トレーナーだけど大丈夫だよね?暖機は済ませてあるから。行こっ」 腕を引っ張られるままに、俺は町田少佐に付いていった 「すごい、なかなか上手かったじゃん」 地上に降りてきた後、町田少佐は俺の手を両手で握って言った いや、驚くのはこっちのほうだ 一年以上飛んでてもまともに飛べなかったのに、この二時間のフライトで同期の隊員に追いついてしまった よく分からない。ただ、少佐の言うとおりに動いているだけで理想的なフライトができる 「いや、少佐のお陰ですよ」 「ううん、最後にやったポストストールマニューバ。あれは普通だったら失速するけど、北見くんはちゃんとできたでしょ」 最後にやったのはちょっとしたコブラの真似事だった ぜんぜん形にはなっていないけれど、何とか失速しないで元の姿勢に戻ることができた 「ねぇねぇ、空飛ぶのは好き?」 少し考え込む・・・そして 「いままでは、どうして上手く飛べないんだろう、悔しいとか考えて、フライトを楽しいなんて思ったことは・・・あんまりありませんでした。でも、今日やってみて、機体を自由に操れることがどんなに楽しいか、少し分かった気がします」 合格・・・だよ。と町田中尉は呟いた 「ね、よかったらさ。私のところで一緒に飛ばない?」 「え・・・」 「君はきっとここで頑張っても芽が出ないと思う。型にはまったカリキュラムじゃ、君の長所はきっと伸ばせない。つまらないフライトを何度も何度も繰り返して、一生現場で終わる。下手したらテロの戦闘機に落とされちゃう。だったら・・・」 夕焼け色を含んだ風に髪をなびかせ、町田少佐は微笑んだ 「お姉さんが、君の頑張るきっかけになってあげる。だから、こっちに来ない?」 そのやさしい笑みに引き込まれる いつまでも上達しない自分。つまらないフライト・・・ それを終わらせる。たった一回のチャンス・・・ 「お願いします・・・町田少佐」 「えへへ、少佐って呼ばれるの。恥ずかしいな。私、少佐って柄じゃないから・・・」 「え、でも・・・」 「恥ずかしいんだよぉ・・・私も北見くんと同じ、落ちこぼれだったし・・・部隊の指揮官は佐官クラスじゃないとダメらしいからムリヤリ階級上げただけなんだよ」 そっか、たしかに今までへたくそ扱いされてて、急に少佐と言われたってねぇ 「じ、じゃあ、麗華センパイ・・・とか・・・」 「センパイか・・・いいね、それ。それじゃ、よろしくね、北見くん」 僕の手をぎゅっと握ってくれたその手は柔らかかった 2004/04/20 誌ー摸乃譜さんから頂きました。 おやおや?先輩とラブラブモードですな(ぉ そして11話の冒頭から推察するに・・もがっ(レオナ出撃 第11話へ 第13話へ 戻る トップ |