あのあと、センパイは食事に顔を出さなかった
体が悪かったためではない
幸い体のほうは少し休めばよくなる程度のことだった
しかし、心のほうはそうでもなかったらしい
いつまで待ってても、先輩は食堂に顔を出さなかった

外洋機動艦隊外伝 蒼穹の守り
第十六話


「センパイ。お腹すきませんか?夜食ありますけど・・・」
部屋をノックする
足元には湯気立ち上る二個のカップラーメン
返事は・・・ない
「センパイ、いないんですか?」
なんとなく・・・だけど、気配がない
官舎の薄っぺらい壁越しだから、先輩がいるなら分かりそうだけど
「もしここにいないなら・・・やっぱり・・・」
予感にしたがって、俺は官舎を出た

エプロンで、月の光を浴びて立つセンパイ
目から零れ落ちた光のしずくが地面に落ち、アスファルトに吸い込まれた
夜の冷たい風に、センパイの長い髪が流れる
ほうっとその姿に見惚れた
「北見・・・くん・・・」
センパイが俺に気づいて振り返る
長い髪がさらりとながれる
その泣きはらしためは真っ赤だった
「あ、あの・・・センパイ・・・」
聞きたいことがいっぱいあった
泣いている理由、あの憎たらしい大佐のこと、左手の指輪のこと
さっきから言おうと考えていた言葉が、何一つ出てこない
「ラ、ラーメン・・・食べます?」
やっといえた言葉がこれだった
情けねぇ〜、俺・・・
「うん・・・ありがとう・・・北見くん・・・」
しょうゆとシーフードから、センパイはシーフードのほうを受け取った
あっ、それ俺が食べたかったほう・・・
センパイの隣に腰を下ろし、一緒にラーメンをすする
月は昨日と同じ満月
「ゴメン・・・北見くん・・・心配かけちゃって・・・」
ぽつりとセンパイがつぶやいた
「気にしないでください・・・これは俺が勝手にやったことですから・・・でも・・・」
手もとに視線を落とす
しょうゆ色のスープの上にぼんやり浮かぶ月
「あの・・・センパイが泣いてるトコ見てから・・・その、なんだか気になっちゃって・・・えと、その、うまく言えないですけど・・・お、俺に何かできることがあればな・・・って・・・」
ううっ、うまく言えない
ずっと考えていた言葉は結局言えず、途切れ途切れの訳の分からない言葉に
かっこわりぃ・・・俺
必死に言葉を紡ぐ俺を見て、センパイはくすっと笑った
「ありがとう、北見くん・・・やさしいね」
その言葉を聞いて、赤くなる
照れ隠しに飲んだスープがのどに熱い
「北見くんさ、いつもこの指輪、見てたのね」
センパイが左手を見せる
薬指にはまった銀色の指輪
「私ね、昔アグレッサー部隊にいたんだ。もちろん、予備役だったけどね。それなりに有望視されてたんだよ」
「アグレッサー部隊って・・・あの大佐のいる・・・」
「あの人、私の教官だった人なんだ。筋がよいパイロットを集めて、将来のアグレッサー部隊の隊員を育成してた人」
センパイは小さく「ごちそうさま」といい、アスファルトにカップラーメンを置いた
「私より少し前にに深沢大佐に抜擢された人がいてね。私のずっと憧れだった。何度空戦しても勝てない。一生懸命練習するんだけど、追いついたと思ったら、そのときにはその人はもっと上手くなってる。何とかして追いつこうって、がむしゃらに頑張ってた」
センパイが月見上げる
さらりとくせのない、長い髪が流れる
「あの頃、楽しかったな。その人と何度も空戦の研究をした。二人の連係プレーで深沢大佐に勝とうとして、何度も落とされた。そしたらね・・・」
センパイは昔を懐かしむようにそっと目を閉じた
「気づかないうちに。その人のこと、好きになってた。休みになったら、二人でデートして。ちょっとおいしいもの食べに行ったり、二人でデートしたり、この人と、一生いたいと思った。でもね、そんな日々は続かなかった。今から五年前、何があったか覚えてる」
今は2049年。五年前の2044年は確か・・・
「テロが・・・激化した年ですね」
「そう。あの時は大変だった。アグレッサー部隊は腕のいい人が集まっていたからね。いざというとき頼りにされた。私たち予備役も借り出された・・・あの日も・・・」
センパイはひざに頭をうずめた
「式の段取りも決まっていたし、ハネムーンの先も決まっていた。この指輪、あの人がくれた、婚約指輪だった。結婚式まであと一週間のときに起こった福岡空襲。築城基地だけでは防ぎきれなくって、新田原基地のメンバーまで借り出された。もちろん、私と、あの人も。何十機もの機が襲い掛かってきて・・・必死で叩き落した。でもね・・・」
センパイの目に、涙がにじむ
「今も覚えている。あのMiG-29FM、腕がよくてね。ついていくのがやっとだった。私とあの人のコンビで追い詰めようとしても何度も逃げられた。私、焦っちゃって、ぎりぎりの位置で高熱源追尾タイプのミサイルを撃ったの。相手はミサイルを上手くひきつけ、急旋回。目標を見失ったミサイルは・・・あの人の機に・・・」
ゴメン・・・これ以上は・・・とセンパイは目をこすりながら言う
「もう、私は空戦ができなかった。でも、戦闘機からは離れられない。だから席が余っていたブルーインパルスに転属願いを出したんだ。気づいたらとんとん拍子に昇級してあっという間に少佐になった。だけどね」
センパイの目からぽろぽろ涙が零れ落ちる
「私が・・・あの人を殺したんだ・・・怖い・・・また戦ったらああなっちゃう・・・」
冷たい風の吹くエプロンにセンパイのすすり泣きの声が響いた

「やめてください・・・お願いですから・・・」
かすれた声で俺は言った
上手く考えられない。頭の中がごちゃごちゃしてて
沸騰しそうな頭から言葉をつまみ出す
「お願いです・・・俺の・・・俺の大好きなセンパイのことを・・・そんなに悪く言わないでください」
浮かんだ言葉をぽつりぽつりと吐きだす
「センパイがいたから、今の俺がいるんです。たとえ敵を撃つことができないセンパイでも、そんなセンパイと一緒に飛ぶことが好きなんです。だから・・・」
そうだ。空を飛ぶ喜びを教えてくれたのはこの人
いや、それだけじゃない
この人と一緒に飛ぶだけで、俺は幸せだった
だから・・・
「そんなに自分のことを悪く言わないでください。もし敵が来たら、俺が代わりに戦いますから。絶対にセンパイを守りますから・・・」
「北見・・・くん・・・」
「だから・・・センパイ・・・俺と・・・ずっと一緒に飛んでください。俺と・・・付き合ってください」
軽く伏せられた顔
黒く長い髪に顔を隠されて表情は見えない
センパイが絞り出すような声で言った
「一つだけお願いがあるの・・・」
センパイが顔を上げる
涙に濡れた瞳
その姿は、ひどく弱弱しくて・・・
「私より先に死なないで・・・もう・・・一人になるのは・・・いやだから」
俺は、大きく頷く
上を向き、恥じらいながらきゅっと瞳を閉じるセンパイ
そのやわらかそうなピンク色の唇に
そっと自分の唇を重ねた


2004/05/28 誌ー摸乃譜さんから頂きました。
いざとなったらうまく言えないものですな。面と向かって言うのは難しいです。
婚約者の死・・・思い出したくない記憶も、蒼晶石は見ています。
そしてラブラブモード!! それも蒼晶石はみてまっせ!! そう・・この場合の蒼晶石は、貴方達です。


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