「あったれぇぇぇっ」
センパイの声とともにガトリング砲が放たれる
一瞬のすれ違い。その間にまた一機、敵機が火だるまになって海に落ちる。残り三機
「センパイ、八時の方向に敵機」
「了解、思いっきりやるから、北見くん、ついてきてね」

外洋機動艦隊外伝 蒼穹の守り
第十八話

すさまじいGに視界が薄暗くなる
戦闘機パイロットが空中で最も恐れるもの。ブラックアウト
「ぐぅぅっ・・・」
食いしばった歯の隙間から押し殺した声を上げる
腹に力を入れ、意識を強く保つ。何度ものセンパイとの練習で特訓したこと
ダメだ、ブラックアウトするわけにはいかない
複座型で搭載エンジンがAJ-25になったSu-37jkTBは、カタログスペックだけで見るとSu-37jkに劣る
しかし、Su-37jkTBは複座型
レーダーの性能がいくら上がっても、有視界内でパイロットの目に勝るレーダーはない
視界範囲にあるすべての機を一瞬で捉え、グランドクラッターもほぼ関係ない
何より、レーダー感度の低下しているこの時代では、パイロットの目が重要だった
俺が・・・センパイを守る
このまま気絶したら、それこそ本当に足手まといだ
センパイは人よりずっとGに対する耐性が強いらしい
でも、それでもこんなGに耐えて、繊細なスティック捌きをしている
くっ・・・耐えてやろうじゃんか・・・
「北見くん、大丈夫?」
「だい・・・じょうぶです。センパイ、六時の方向からさらに二機来ます
「くっ、落としても落としても減らない・・・」
六時方向。またも防衛ラインを潜り抜けてきた機が二機現れる
二機落としたと思ったら、また二機増援
何機出してくれば気が済むのか
「北見くん。クルビットいくよ、三、二、一・・・今」
歯を食いしばる
ぐるりと回転する視点、一瞬増援の二機が視界に入る
「ヴィーチェル、フォックスツー」
瞬時にロックオン。間髪いれずにミサイルを放つ
いきなり敵機が後ろを向いたんだ。驚かない訳がない
突然ヘッドオンで放たれたミサイルにどうすることもできず、二機はいわき沖の花火となる。残り三機
「敵機、四時の方向、上60度から来ます」
「舌噛まないでね・・・よっと」
クルビットが終わったところで、さらに推力偏向ノズルにアフターバーナーを入れて蹴り上げる
はじめの方向から見ると450度ターン
エンジンオフ、電磁モータースタンバイ、上向きに90度を向いた機は真後ろに落ちる
「ヴィーチェル、フォックススリー」
予想外の動きにミサイルの発射タイミングを逃した敵機にミサイルを放つ
敵機は視界の外へ。先輩の得意技、後ろ向き降下からスピン、そしてスピン脱出
電磁モーター始動、吸い込まれた空気は炎の塊となって後ろに吐き出される
直後、後方警戒レーダーから光点が消える。あと二機
「敵機、三時の方向。後ろに回り込もうとしています」
「そうはいきません・・・よっと」
後ろのエンジンが高速回転する音、強烈なGが襲い掛かる
ゼロの低速での機動性は他機とは比べ物にならない
後ろに回り込もうとする敵機よりも圧倒的に小さい旋回半径で回りこむ
だが、その分体に襲いくるGは凄まじい
「んぐっ・・・」
ここで気を失う訳にはいかない
たとえ、Gに押しつぶされようとも、最後まで敵をこの目から離すわけにはいかない
「ミサイルシーカー、冷却済みです」
「ありがとう、北見くん。フォックスツー」
ミサイルが飛翔、敵のエンジンに突き刺さる。
近くに敵機は見当たらない。あと一機、レーダーに目を移す・・・
「センパイ、方位289に急いで旋回してください。振り切って爆撃しようとしています」
ヤバイ、このまま領土内に入られたら、間違いなく原発は攻撃を受ける
そうしたら、この近辺は長年にわたって何も育たない死の土地になる
「くっ、飛ばすから、北見くん、堪えてよ」
ガツンとアフターバーナーに蹴り飛ばされ、機はものすごい勢いで加速する
ノズルが熔ける寸前の、限界の飛行
ミサイル、準備完了
あとは、こっちが追いつくのが早いか敵がミサイルを投下するのが早いか・・・
「くっ・・・間に合って・・・」
敵が使うミサイルの射程内に原発が入るのが早いか、それとも追いつくのが早いか・・・
よりによって・・・長射程ミサイルを積んでいなかったのが災いした
「センパイ、六時の方向から新たに敵機、全速で追いかけてきます」
「大丈夫、振り切れるっ」
ここでミサイルを受けたら回避のしようがない
最高速近くまで飛ばしているがために、少しでも引き上げると強烈なGがかかってしまう
今から回避すれば間に合う、でも、目の前の敵機は・・・
「まもなく、ミサイル、射程圏内に入ります・・・」
あと少し、このミサイルが放たれれば、敵に回避手段はない
この高速度、少しでも急な機動を取れば機体ごと砕け散る
「三、二、一・・・今っ」
「ヴィーチェル、フォックスツー」
ミサイルが二発放たれる
それと同時にフルブレーキ、ミサイルの距離をとる。後方の敵機との間合いがつまる
機体の加速の加わり、前にいた機にミサイルは命中、海面に落ち、あまりの高速さに水の上で数回飛び跳ねながら砕け散る
「後方の敵機、このまま突き抜けようとしています」
「上等じゃない・・・」
大きく敵の後ろに回りこんでも、その頃にはミサイルが原発を破壊する
なら、方法はただ一つ
小さく回り、敵を正面に捕らえた
ガンレティクルの先、視界の向こうの敵機が重なる
敵はアフターバーナーをふかし、最高速度で迫る
こっちも旋回で速度は落ちたとはいえ、マッハ1.5超
相対速度は時速3500キロを超える、ヘッドトゥーヘッド
この相対速度でミサイルを撃ってもまず当たらない
おたがい機銃のみが武器の、一騎打ち
最大の危険が伴う戦い・・・
「北見くん・・・私・・・」
「分かってます、センパイなら絶対、うまくいきますから・・・」
そうだよね、とセンパイはつぶやいた
ガンの射程まで数秒、センパイは言った
「北見くん、初めてあなたと飛んだときから・・・あなたのことが好きだった」
ガンの発射の衝撃か着弾の衝撃か分からない
軽い衝撃が機体を襲った


2004/08/08 誌ー摸乃譜さんから頂きました。
狙われた原発、落ちて行く敵機! 襲った衝撃はGUNの発射か着弾か!? 次回「鶴は支点を倒せるか?」(ウソ)
複座型の利点は、なんと言っても目や耳などの感覚器官や脳などが増える事。レーダー理論時代を迎えた今、己の目が最大のレーダーであります。


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