Have You Never Been Merrow 〜そよ風の誘惑〜 OCEAN AWAY 第1話 緑の翼 「アルシオーネ様。」 海岸にたたずんで海を見つめる、腰まである長い桃色の髪を潮風に拭かれるままに、ワインレッドのゴシックドレスに身を包む少女に、同じくらいの年頃の少女が声をかけた。 その声を受けて、靴を波に洗われるままに立ち尽くしていたドレスの少女・・・アルシオーネと呼ばれた・・・は、ようやく振り返った。 「今日は潮風も強く、寒いです。あまり外に出られると身体に障ります。お部屋にお戻りください。」 「そう目くじらを立てませんでも、私は何処にも逃げませんよ。」 使用人と思しき少女に、アルシオーネは微笑んで言う。 「第一、身体一つで財布もビザも取り上げられていては、何処にもいきようがありませんもの。」 「それはそうですが・・・。」 そういう類の心配ではないのだ、この少女のそれは・・・アルシオーネはその心理がよくわかっている様子だった。 「心配なさいますな、全ては時間が解決してくださいます。まっていれば自然に勝手に、全てを片付けてくれるでしょう。」 「・・・アルシオーネ様・・・。」 「ただ心配なのは、「その他の人たち」がその時間をまってくれるかどうか・・・私にラブコールをくださった貴方方の主は、ずいぶんと御執心のようですし。少し拗れてしまうかも知れませんね・・・。」 そういってアルシオーネはまた海に見入る。 「想い人は海の彼方、隔てる海はあまりにも大きい。けれど、人の心の隔たりに比べれば、越えようのあるこの海の広さなど小さなもの・・・私は、その隔たりを埋めることも出来ないまま・・・ここであの人を待つことしか出来ない・・・。」 「アルシオーネ様・・・。」 しばらく佇んでいたアルシオーネは、くるりと振り向いて笑顔を少女に向けた。 「さぁ、部屋に戻りましょう。」 惑星エルディア、東大陸フィジケラに陣取る自治勢力、エナストロ。アルシオーネが今滞在している場所はそう呼ばれていた。 既に国家としての枠組みは崩壊し、治世はこの時代にほぼ全世界の権限を掌握した「管理者」によって運営されていた。 管理者はエルディア上に存在する全ての自治勢力(国の成れの果て)に対して制圧行動を行い、厳重な管理の下治安維持と不安定な情勢の回復に努めた。既に機能しなくなったために瓦解した貿易利潤を相応の相対利潤に置き換え、また自治勢力間での交易等も積極的にサポートする。 こういった行動は、当初こそ人々に「再生のための痛み」として認識されつつあったものであるが、大規模かつ強大な抑圧は反発を生む。 やがて管理者の管理体制に対し反発するものたちが表れた。人固有の、人本来の独立した治世を目指して、彼らは管理者の手から人々を解放しようと動き出す。 「解放者」と名乗った彼らの組織力は、管理者のそれに比べれば技術的にも資源的にも及ぶものではなかった。しかし、解放者の出現に触発されたいまだ管理下におかれていない自治勢力たちは、彼らを利用することによって管理者を拒絶する道を選ぶ。 結果、管理者と解放者の間では避けようのない衝突が発生。衝突は惑星規模の戦争へと発展、援助によって力を得た解放者と慎重な姿勢で応対する管理者との勢力バランスはしばらく揺れ動き、解放者出現以前まで保たれていた一応の平穏は再び失われ、戦争による混乱が世界に蔓延を始めた。 拡大する戦線は本来管理の名の下に保護、あるいは解放されるべき人々にまで犠牲を強いる本末転倒な自体を呼び起こし、ついには理不尽な状況下にのみ機能する自衛戦闘団体「放浪者」の登場を呼び起こす。 ・・・かつてこの世界は、戦争によって一度滅んだとされていた。 1000年前の昔にそれは行われ、高度に進んだ科学は失われ、70億も存在した人々の命は全ての生態系もろとも消し飛んでしまった。 その間、わずか8秒。 しかし、奇跡的に、かろうじて生き残った人々がいた。 後に「亜麻色の髪の乙女」と呼ばれ慕われることになる少女たちの導きにより生き延びた彼らは全世界に散らばり、過酷な状況の中それでも生き抜き、エルディアの上に再び命の恵みを、そして文化を取り戻すことに成功する。 運命の8秒間から1000年・・・ その悪夢の伝承とともに、そのときにもたらされた奇跡を、人々は忘れつつあった。 アルシオーネが自身に割り当てられた部屋に入ると、そこには先客がいた。 ピシッとした着こなしのスーツに、左胸の赤いバラ。整えられれた頭髪、袖から見え隠れする高価そうな時計。寸分の隙もない紳士がアルシオーネを出迎える。 「これはこれは、アルシオーネ様。いつ見てもお美しい・・・。」 「お世辞は結構、アストンマーチン伯爵。己の身はわきまえているつもりです。」 いいつつも片膝ついて手の甲に口づけする紳士にうれしそうな声をかけるアルシオーネ。伯爵は立ち上がりながらいった。 「窮屈でしょう、このような部屋に押し込められて・・・。」 「四六時中缶詰というわけではありません。護衛の目に留まる範囲なら外出だって許されていますもの。」 「しかし、今の貴方の境遇はまるで鳥かごだ。私にもう少し力があれば、このような思いをさせないものを・・・。」 声のトーンを下げる伯爵に、アルシオーネは言った。 「めったにない軟禁生活、私はそれなりに楽しんでおりますわ。今まで少し放蕩しすぎたようですし、ここは一つ徹底してお邪魔しようかとも思っております。それに・・・。」 「それに?」 「あの人が私をこのままにしておくはずがありませんもの・・・やきもち焼きですから。」 「・・・違いないですなw」 二人して笑いあうところに、先ほどアルシオーネを迎えに来た少女がやってきて来客を継げた。 「アルシオーネ様、エナストロ自治長がいらっしゃってます。」 「ヒュンダイ様が?」 直後に、大またの歩幅で歩いてきた切れ長の目の男。まるで刃物か何かのような気配を放つこの男が、目下のアルシオーネの災難そのものであった。 「ご機嫌はいかがです、アルシオーネ様。」 「ほんの数分前まではとても快適でした。」 「相変わらずお手厳しい・・・。」 ヒュンダイはにやりと笑っていった。 「ところで、例の件は・・・お考えになっていただけましたでしょうか?」 「例の件?」 アストンマーチン伯爵がアルシオーネを見る。アルシオーネはそれに答えず、ヒュンダイに言葉を返した。 「回答は先日差し上げたはずですわ、自治長・・・私一人の一存では決めかねることです。回答する事は出来ない、と。」 「では、もうしばらくお付き合いしていただくほかありませんな。」 ヒュンダイの宣告にもアルシオーネは眉一つ動かさない。きびすを返したヒュンダイが、思わせぶりにアルシオーネに継げた。 「ああ、そうだ・・・今、世界各国で貴方の行方に関する情報を求める動きが活発化しているそうですよ。だいぶ心配されておられるようですが・・・。」 アルシオーネは答えなかった。ヒュンダイはそのまま部屋を出て行ってしまう。 「・・・アルシオーネ様・・・奴はまさか、「天空の一族」を狙っているのですか?」 伯爵の質問に、アルシオーネは微笑んだだけだった。バルコニーを出て、夕焼けの空を見上げながら言葉をつむぐ。 「愚かなことです・・・自らの力だけでは飽き足らず、「天空の一族」の力をも取り込んで一勢力となりあがろうとは・・・。」 「天空の一族」・・・それは、管理者と解放者の争いが戦争にまで発達し始めた頃に突然現れた・・・正確には、戦争にまで発達したためにそれまでは目立たなかった存在がクローズアップされたのだが・・・、「管理者」「解放者」「放浪者」以外の第4の勢力。 しかし彼らが前3つと明らかに違う点は、彼らは治世に対して全く無関心であり、どの勢力とも積極的には戦おうとはしないということ。 しかしある条件が合致した場合には、どの勢力に対しても容赦なく恐るべき牙をむく。ことさらそれは同胞を守る場合に発揮されることがほとんどだが、場合によっては管理者の管理制圧に対しても解放者の解放行動に対しても実行され、完全に排除されるのだ。 また、彼らは組織としての明確な形態をほとんど維持しておらず、領土となるような土地もない。まるでそれが当然であるかのように、普通に暮らす人々の社会の中に完全に浸透している。 そして最大の特徴は、独立した独自の戦闘能力を有していること。その戦闘能力は管理者をも完全に超越し、組織そのものの規模が不明であることも手伝って不気味な存在感と圧倒的な恐怖を提供していた。 それだけの強大な組織であるにもかかわらず、その全容を知るものはいない。ただ、「天空の一族」がバックについているとうわさされている兵器メーカー「スホゥイ」に所属するアクロバットパイロットであるということで、アルシオーネは世界的に注目される存在であった。 彼女が注目を浴びるのは、その腕前が下手な戦闘機パイロットよりもはるかに上である、ということもあるのだが。 「管理者さえも接触を躊躇う「天空の一族」の力、手に入れれば確かにおいしい話ではありますが・・・。」 「ありえない話ですね・・・あの人はそのような下心が大変嫌いです。大怪我をしないうちに、ヒュンダイ様にはなんとかあきらめていただきたいのですが・・・。」 「・・・貴方を探している、という情報も彼は言っておりましたが、それはおそらく?」 アルシオーネは肩をすくめる。 「私をここに留めて同盟調印を迫り、一族には私を人質として示して牽制。事を有利に運ぼうと考えているのでしょうが・・・「あれ」を見落としている時点で、もうおしまいであるということに、気付いて欲しかったですね。」 「「あれ」?」 伯爵の言葉に、アルシオーネはただ笑っているだけであった。そして視線を再び空に向ける。 その直上、高度24000mの高空に、地表の一点を凝視する「目」があった。 「こちらセレンゲティ22所属高空強襲偵察機「オーダイン」02、パーソナルネーム「トーロイド」。目標エリア54879928にて「マザー」を確認。フュエルビンゴ、帰投する。」 地表を観察するための「目」をいくつも取り付けたポッドをエンジンの間の空間に納め、1機の戦闘機が旋回してもときた道を引き返していく。有機的ななだらかなシルエット、二つの垂直尾翼に双発のエンジン。 その姿の美しさから「鶴」と呼ばれるその戦闘機は、捜し求めた「母」の行方を持って巣へと戻っていく。 海を越えたエルディアの反対側、西大陸ダビッドソン。カストロール海に面したある沿岸。 その沿岸上空を6機編隊で飛ぶ一団がいた。中心の大型機はこの時代では一般的な輸送機であるC-130、その周囲を囲むのはデルタ翼機の傑作、サーブ・ドラケンである。 「その話は本当なのか?」 ドラケンに守られたC-130の中で、男は部下に言った。 「ええ、このあたりは特に危険らしいですよ。ものすごい腕前の奴が1機、現れると。」 「一昨日昨日と連続して9機がやられた。今日の5機が俺らの最後の虎の子だ。」 「9機が?!たった1機にか?!」 「ああ、ある大きな仕事の前準備に移動中の奴5機、それを落とされたあと、究明にいった奴4機。データロガーで記録を見る限り、相手は1機だけだ。」 「そんな馬鹿な・・・天空の一族じゃあるまいし、そんな真似が出来る奴が・・・。」 「いるかも知れねぇだろ?ほれ、最近になってスホゥイからリリースされたあれ・・・あれだったら・・・。」 「・・・Su-27「フランカー」か・・・確かにあれならな・・・。」 「だがアレは生産数の極端に少ない超貴重品だろう?解放者が獲得しようとして、1小隊分そろえるのに10年はかかるといわれて撃退されたって話もある。手に入れられる奴なんているのか・・・?」 「無理だろうな・・・少なくとも、俺らみたいにこそ泥しているようなやからには・・・。」 話がそこに及んだときである。突然、彼らの耳に警報が飛び込んできた。 「な、何だ?!」 びくっと腰を浮かすと同時に、今度は耳を劈く爆音。それも二つだ。あわてて窓の外を見ると、左翼を飛んでいたドラケン2機が姿を消していた。 「ジョージとデイブがいない!!やられたのか?!」 「馬鹿な、だとしたらいったい何処から?!」 残る3機のドラケンが上昇して迎撃体制をとる。しかし、右に展開したドラケンが真正面から銃弾を浴びて木っ端微塵に爆発。その爆発炎を撒き散らしながら1機の巨大な翼が姿を現した。 「なっ・・・あ、あれは・・・フランカーだ!!!」 「「なにぃっ?!」」 「間違いない、あの形、あの動き・・・スホゥイの新型だ!!」 純白の下地に淡い緑のストライプカラーをまとったその機体は、巨大でありながら鳥のように優雅であった。鶴のような妖艶さ、しかし荒鷲のような猛々しさ。その双方を兼ね備える戦闘機の前に、彼らの仲間はあまりにも無力であった。 圧倒的なパワー差に物を言わせて、翼の下に抱えたミサイルを使うことなく一気に止めを刺す。気がつけばC-130だけがのこされ、その命運は風前の灯となった。 撃墜の恐怖に凍り付いているところへ、駄目押しの威嚇射撃。右にそれていったという事は、左旋回せよとの警告。武装を持たない輸送機では、従うしかなかった・・・。 「いつもながらにいい腕だな。」 黒塗りのC-130を包囲する自警団の警察車両。その傍らで二人の男が話をしていた。 一人は自警団の団長らしき男。もう一人は金髪で長身の、緑の瞳を持つ青年だった。 「奴ら「ヴォルケンクラッツァー」はこのあたりでは有名な悪どもでな。放浪者の癖に依頼人の要望にはまるで応えん、違約金は踏み倒す、あろうことか有望な資材まで盗んでいくというとんでもないネズミ野郎だ。ずいぶん前から排除勧告は出されていたんだが、あれでなかなか腕がよくてな・・・返り討ちになってばかりだったからあきらめかけていたんだ。あんたがこのエリアにいてくれて本当に助かったよ。」 「ふらりと立ち寄っただけさ。自由気まま風任せ翼任せ、その日暮らしの気ままな根無し草。それがオレのポリシーだからな。」 団長の言葉に、青年は肩をすくめる。 「それじゃどうしてまた話に乗ってくれたんだ?」 「「こいつ」の仕様を少しいじったんでね。様子を見たかったんだ。」 青年は言いながら背後を振り向く。そこには彼の愛機が翼を休めていた。 「Su-27フランカーか。うらやましい限りだな。あんな新鋭機を思いのままとは。」 「二つ間違えてるぜ、オッサン。アレは27じゃない。27Kだ。モデルネームはまだない、派生系の一つだからな。」 「なんと、さらに新型か?」 「いや、バリエーションの一つというだけだ。そもそもノーマルの27にはカナードはないだろ?」 いわれてみればそんなものもついているだろうか・・・機首側に小さな翼が追加されている。 「いったいいくつのバリエーションがあるんだ、フランカーには?」 「知らん。そのうちちょくちょく出てくるだろうさ・・・それと、思いのままなんじゃない。それが当然なのさ。」 そういいながら、青年は伝票を差し出す。団長がそれにサインをし、契約は完了した。 「まいどあり。」 「暇だったらまた頼むぞ。今度は格安でな。」 「期待しないでまっててくれ。」 そういって青年は愛機に乗り込む。装甲化キャノピーが閉じ、外からは彼の姿をうかがうことが出来ない。 「謎の風来坊、緑王のエメロード、か・・・いい腕してやがる。」 団長が一人ごちる前で、エメロードと呼ばれた青年を乗せたフランカーが空へと舞い上がっていった。 緑の翼が次に降り立ったのは、カストロール沿岸から少し北に上った平地半島の真ん中。そこには廃棄された空港があり、それにもかかわらず多くの戦闘機たちが集まっていた。 通称「バーディーズネスト」。補給手段を持たない小規模な放浪者やエメロードのように単独で行動しているもの向けの、いわゆる補給施設である。 元空港というだけあって、施設だけはそれなりに充実している。発着場や駐機場は言うに及ばず、燃料補給のためのリフューエルエリア、簡易整備工場、それに食事を取るためのビュッフェエリア、そして宿泊施設まである。 ただし、基本的に全ての設備はセルフサービスである。離発着さえお互いが事故を起こさないように細心の注意を払わなければならないのだ。 もっとも、ここで事故を起こすような間抜けには一匹狼など務まらないだろうが。 そんなとんでもない空港崩れに、エメロードはやってきたのだ。彼は今のところここを拠点として活動していた。 集まっているのはA-4、F-5、MiG21といった小型機が大半。大柄な奴でもF-8くらいだろうか。それらがずらりと並ぶ駐機場はまるで中古戦闘機の見本市だ。 そんな中にあってエメロードのSu27Kは周囲が惨めになるくらい浮いていた。 タキシングから中期エリアに入り、そこで専用の駐機要員に機体を預ける。 「いつもどおりにしておいてくれ。燃料補給と簡易メンテナンス、それに機銃弾の補充も頼む。」 いいながら機体のIDカードと経費分の金額、そしてチップを渡す。言葉を話せない障害者だが、仕事は確かだし下手に口の上手い奴よりもずっと信頼できる。 牽引車で駐機エリアへと引っ張られていく愛機を見送ったあと、エメロードはビュッフェエリアに入った。中は騒々しい喧騒渦巻く混乱の場であった。ギラギラした目の男たちが食事をしたり酒を飲んだり、罵声を浴びせたり意気投合して大合唱していたり・・・まともな精神の人間だったら5秒とかからず飛び出しているだろう濃い空気が充満していた。 その空気の中を、人垣を掻き分けて進む。彼はこの雰囲気が嫌いではなかった。 カウンターに着き、バーテンにいつも頼んでいるものを注文。 「パープルタウンを夜露死苦。」 「夜露死苦なんて古いですよ。」 軽い口答え、そして手早く作られるパープルタウン。まだ若い割には腕のいいバーテンである。 「相変わらず上手いな、お前のパープルタウンは。こんなところでくすぶってていいのか?」 「大きなお世話ですよ。貴方は貴方の心配をしていればいいんです。」 要するに、彼はここには好きで居座っているのだ。言い返された言葉程度で腹を立てる奴は二流以下・・・この稼業の暗黙のルールの一つである。 ま、一流でも素直に腹を立てる奴はいる。そいつ相手だったら殴られても仕方ないだろうが・・・。 そのまま、サービスでだされたピーナツをつまみにパープルタウンを楽しんでいると、不意に後ろから声をかけられた。 「エメロード、お帰りなさい。仕事は上手くいった?」 振り返ると、椅子に座っているエメロードとちょうど同じくらいの身長の少女がいた。薄汚れたつなぎを着込み、そのつなぎの後ろには「Dr.BIRDY」と刺繍がしてあった。 「あんなモン仕事じゃねーだろ。肩慣らしにもなりゃしない・・・仕様テストじゃなけりゃ付き合わなかったぜ。」 「贅沢なのよ、エメロードは。」 少女は笑いながらいった。 「ご飯まだでしょ?裏に来て。一緒に食べよw」 「さんきゅ、プリメーラ。」 ビュッフェエリアの裏手は居住区画になっている。「バーディーズネスト」で働くものたちのための居住区画であり、内装は客室用のそれに比べると若干落ちる。 それでもこの地方の生活レベルにしてみれば上等なものであった。農作物の不作と貿易の断絶などが加わり、この地方の人々の生活レベルは極限まで落ち込んでいた。雨風を凌ぐための屋根つきの家を手に入れることすらも困難になりつつあるのである。 そんな有様を見かね、とある資産家が投資して廃棄された空港を蘇らせ、少しでも多くの人々に回復の兆しを見出して欲しいとはじめたのが「バーディーズネスト」の始まりである。 そしてその資産家は今、エメロードの目の前にジューシーなハンバーグステーキチーズつき+大盛りライスを持ってくるところであった。 「昨日も同じメニューだったでしょ?少しは健康を考えてくれないと。」 「お前オレの母親か?」 「小姑は母親みたいなモンなの。」 「母親より性質がわりぃや。」 そういって食事に取り掛かるエメロード。プリメーラは肩をすくめながら、それでも笑っていった。 「全く・・・レパートリーがわかりやすいおかげでこっちは他のもの作る手間が省けていいけどね。」 「食べ物に心砕くくらいなら食い倒れ他方がまし。」 「それも違う気がする・・・私もいただきマースw」 二人向かい合って食事を進める。しばらくしてプリメーラが切り出した。 「「ネイキッド・エメラルド」の具合はどう?」 「悪くないな。高速度よりも中速度に主眼の置かれたセッティング・・・各動翼の動作具合、電子機器のピックアップ、どれも俺ごのみだ。」 「あの子につんであるセントラル(中央制御装置)はまだ27「ファイター」と同列のものだものね。ポテンシャルは新タイプの方が高いんだけど、エメロード好みじゃないなと思ったから積み替えなかったの。」 「しかし機体は「バスター」規約の奴だろ?調整が難しかったんじゃないのか?」 「私がてこずると思う?」 そういって顔を覗き込んでくるプリメーラに、エメロードは苦笑した。 「ま、実際大変だったのは認めるわ。フィードバックが全然形の違うものになっちゃってて、統合するのが難しかったの。苦労した甲斐あって、27K前後のデータフィードサポートに有効な技術が手に入ったけどね。」 「日進月歩だ。」 「ほんと。」 あらかたハンバーグを平らげ、食後の赤ワインをグラスに注ぐ。そこでプリメーラがいった。 「・・・姉さんの行方は把握してる?」 「いんや。アイツは今フィジケラにいるはずだけど?」 プリメーラ、ため息。そしてそばの棚からファイルの束をエメロードに手渡す。 「・・・なんだこれ?」 「姉さんの行方。姉さんは、今エナストロで軟禁されてるの。」 「・・・今度は何をやらかしたんだ?」 「違うの!「まだ」、「何もしてない」の!!」 「・・・なるほどね。」 資料に目を通すエメロードの隣に来たプリメーラ。肩をすくめながら続ける。 「どうもここに陣取ってる連中、私たちと手を繋ぎたがってるみたいなんだけどさ・・・。」 「そりゃ物好きな。何でまた。」 「知らない。でも、姉さんを軟禁してるって事は、私たちからの接触を求めてるってことじゃない?」 「だからって俺らが顔を出す必要はないわなぁ。」 エメロードは資料を放り投げるといった。 「ほっとけばいい。アルシオーネのことだ、自分で何とかするだろう。あいつ自身も自分のことで俺らが出張ることを望んじゃいないはずだしな。」 「そうだね・・・でも、今エナストロに陣取ってる奴ら、かなりの規模の放浪者らしいよ。陸空一通りもってて、拠点防衛を専門にやるところらしいし。」 「「スコーピオサンダーズ」ね・・・確かに、それなりの連中だろうな。」 エメロードはそういって、にやりと笑った。 |
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2006/03/27:三千院 帝さんから頂きました。
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