強い日差しの下、紫のフリル付きの日傘を差してアルシオーネは街中を歩いていた。
 市街地を構成しているのは、基本的にはコンクリートや人工素材で構成された建造物。いずれも背は低く、高さではなく広さで居住スペースを確保するタイプのものだ。
 建物の間には細かく区分された小道が走っており、区画区画がいくつかの建物で構成されていることがわかる。さらに区分は人くくりされており、その人くくりは比較的広い道で分けられている。
 ごちゃごちゃした町並みだが、比較的歩きやすいのは規則性のある配置のせいだろう。しかし、街中の様子は決して明るいとはいえなかった。
 発展途上の自治区特有の、貧困と不安の空気が漂っていたからである。
 人の往来はまばら、すれ違う人の表情からは精気がなく、そこかしこには目的もなく座り込んでいる子供たちがいる。乗用車の往来もほとんどなし、加えて建物は時折降る酸性雨ですっかり痛めつけられていた。
 自治区の運営が健全であるならば、少なくとも失業についての目処はいくらか立っていて普通だろう。ここエナストロは近郊に農作業に適した耕地が広がっており、そこで作物を育てたりすることが出来るはずである。
 また、海に面しているエリアにも港として使えそうな断崖が多くあり、少しの整地で機能を持たせる事だって出来るはずである。漁をしたいものに舟を用意して貸し与え、水産業を行わせることだって出来るだろう。
 そういった「貧困から脱するための努力」が行われていないことが、アルシオーネには不可解だった。理由は今、彼女の頭上を通過する4機の戦闘機。
 F-4EファントムU、少し前まで管理者の代表的な艦載機であった名機である。現在比較的安価に手に入る大型双発機であり,その割に高性能で任務を選ばないマルチロール性が魅力。
 しかし、安価であろうと魅力があろうと戦闘機は兵器。それを扱うのは人である。
 あれが4機も市街地上空を飛んでいるという事は、ここエナストロにも当然それらを擁する放浪者が存在するということ。それもかなり大規模な連中だろう。
 彼らが何のためにここにいるのかは全くもってわからないが、はっきりしていることが一つ・・・それは、町の発展のための資金が全て彼らに吸い上げられてしまっているということ。兵器の維持には相当なお金がかかる、それを理由にして財政を吸収しているのだろう。
 自治区を守るために雇われている放浪者が、自らの維持のために自治区の発展の芽を摘んでいる・・・まるで寄生虫だ。
 アルシオーネはこれまで多くの自治区を旅して回ってきた。そのたびにさまざまな有り様を目の当たりにしてきた。今回のこととて、その経験の中でも特に珍しいというものでもない。むしろ、似たようなケースは悲しいほどに多いのだ。
 だからなおのことむなしくてならない。無念でならない。そのような世界に、自分はほとんど力になることが出来ないという事実が・・・。

Have You Never Been Merrow
OCEAN AWAY


第2話 今、出来ること

 しばらく歩いていると、簡易的に整備された滑走路に出る。エナストロに常駐している放浪者・スコーピオサンダーズが拠点としている飛行隊基地だ。
 航空管制は移動可能なキャリアにコンテナを搭載して、何処でも展開できるように工夫されている。レーダーやその他の誘導照明等の多くも、車載可能なものが用いられていた。
 その滑走路の一角が戦闘機を駐機させるスペースになっている。もともとが農業用の滑走路であったため、ハンガーなどという便利なものは存在しない。整備用の重機もやはり車載の簡易的なものが用いられ、日照りの中野戦的な突貫整備が続けられていた。
 その駐機場に止められているF-4Eファントム2の数は現在14機。先ほど4機飛び上がっていったから総勢18機。管理者ならば4個小隊分の戦力が存在することになる。
 彼らが長い間ここに陣取っているのだとするならば、町の惨状も当然のことに思える。町を守るための装備が、街の人々を苦しめている・・・これでは本末転倒ではないか。
 殆どの場合、規模の大きな放浪者は自分たちをサポートするためのスポンサーがつくのが普通だ。管理者・解放者ほどの規模など望むべくもない弱小勢力である彼らは、よほどの自力がない限り限定した拠点となる土地を得ることなど不可能であり、収入源すらも他者に依存しなければならないからである。
 アルシオーネの目の前に雁首をそろえるファントム達には、「フレンドリッチ」という企業の広告が一様に貼り付けられている。つまり彼らにも固定のスポンサーは存在しているということ。
 ではまちから吸い上げている資金はいったい何のために用いられているのか?近寄る人影を感じたので、アルシオーネの思考はそこまでで終わった。
 やってきたのは小さな子供たちであった。彼らはアルシオーネが散歩している後をついてきた、街角でうずくまっていた子供たちである。
 しばらく何も動きのない間を経て、アルシオーネはにこりと笑う。そして子供たちを手招きすると、日傘をたたんでかばんからお菓子を取り出し、そばに寄ってきた女の子に与える。
 ぱっと顔を明るくする子供たち。しかし、アルシオーネは一瞬子供たちに右手の平を差し出して制止させた。そして再びかばんから取り出したお菓子を閉じた日傘の中にぽんと入れ、それを1,2,3、と振り回す。
 それをぱっと開いた直後、日傘の内側から大量のお菓子がドサドサと降ってきた!!それをドレスの裾で受け止め、アルシオーネは再び子供たちにそれを振舞う。お菓子と手品の相乗効果で、子供たちに笑顔が戻った。
 その様子を満足そうに見つめるアルシオーネ。こんなこと、この街が抱える問題に比べれば微々たる物である。
 だがちょっとでも明るくなれるきっかけがあるならば…アルシオーネはそれを大切にしたいと思っていた。

 カストロール北側の比較的大きな町、エッソ。
 巨大なビルが立ち並び、乗用者が往来する大都会。ただし、ほんの頭上数十メートルのところを乱立するビルを縫うようにして巨大な旅客機がかすめる点で、一般の都会のイメージを覆している。
 その街中を流れる雑踏の中心に、エメロードはいた。金髪にサングラス、自らのパーソナルカラーである緑と白の鮮やかなカラーリングシャツをまとって…。
 都会の人の流れはまるで生き物のようだ。あちらに流れたと思えば、今度は反対側に向かう。その時々で歩き方を変えなければ、目指す地点にはいつまでたってもたどり着けない。もっともその辺りはエメロードも心得たもので、するりするりと人ごみを避けて歩いていく。
 そして彼がたどり着いたのは「スリーダイヤバンク・エッソ支店」。用件は賞金の受け取りである。

「えーと、「オウトモデルスタ」「ドバンジョンニ」「マッスルミレニアム」「コープセントフィアー」「ヴォルケンクラッツァー」など、賞金首全部をあわせてc490000、それに個別手当てがつきまして…総額c630000の配当でございます。」
「うちc23000を機体購入ローンに。残ったc607000のうち半分を児童福祉事業に寄付よろしく。残りは例の口座に入金しておいてくれ。」
「うらやましい限りですね…私の年棒分などあっという間に稼げてしまうなんて。あやかりたいものです。」
「ならおっさんもやってみれば?」
「年棒以前に自分の命が報酬になりかねませんから、やめておきます。」
「それが利口だな。」
エメロードは笑いながら銀行を後にした。

 しばらく街中を歩いているときに、エメロードは背後を尾行る気配に気付いた。つかず離れ図の距離を同じ気配がついてくる。
 それなりに身に覚えのあるエメロードだが、苦笑して放っておくことにした。気配の主は、今すぐにエメロードをどうこうしようとは考えていないらしい。それなら無害なアクセサリーと同じだ。
 そうして彼が次にやってきたのは、少しこじゃれたカフェテラスであった。道路に面した野外席に腰を下ろして、ウェイターに注文する。
「アースベル産の23番レギュラーコーヒー、砂糖とミルクは入れずに持ってきて。」
「かしこまりました。」
 ウェイターが去っていく。追跡者はどうやら店の奥の席に陣取ったようだ。
 さぁ、どうするかな・・・。
 やがて運ばれてきたコーヒーに砂糖とミルクを入れてかき回し、その素晴らしい香りを堪能して一啜り。ちょうどそのタイミングで、脇に人がやってきたのを感じた。
「遅れてすみません!!」
「なーに、まだ4分前だ。気にする事はないよ。」
 エメロードが振り返った先には、アタッシュケースを大事そうに抱える以下にもビジネスマンといった様子の青年がいた。彼はエメロードの向かいに座ると、アタッシュケースからさまざまなファイルを取り出してエメロードに手渡す。
「これがSu20フィッターの流通状況、同じくSu25フェンサーの販売状況です。Su15フラゴンは解放者・放浪者からリバイバル販売を求める声が上がっており、上々の売り上げ見込みが期待できます。」
「なるほどね・・・フラゴンは安くて使いやすいからな。」
「再販しますか?」
「許可する。」
「それと、今朝方管理者から新型機製造に関する問い合わせがありまして・・・。」
 そんなこんなで打ち合わせは進んでいく。エメロードは提示される課題に的確な指示を出し、それを徹底するように青年に言付けた。
「・・・では、今回の業務はこれで終了です。お疲れ様でした、社長。」
「くすぐったい言い方しなさんな。今の俺は何処にでもいるバックパッカーだ。」
 コーヒーの追加を注文し、エメロードは言った。
「だからそうかしこまる必要はない。楽にすればいい、プロスト。」
「そういっていただけるのはうれしいのですが・・・私にとってエメロード様は雲の上にも等しい方ですから。」
 そういって青年は肩をすくめる。エメロードは苦笑していった。
「時にはそういった礼儀正しさが、相手に対して最大の失礼になるということも覚えておいたほうがいいぞ。極端に少ないケースだがね。」
「心得ました。」
 ・・・オレのケースをいったんだけんどね・・・エメロードはまたも苦笑する。
 と、そこでプロストが話を切り替えた。
「そういえば、社長・・・ご存知ですか?アルシオーネ様のこと・・・。」
「ああ。エナストロで何かたくらみ中に、とっ捕まったらしいな。」
「そのことですが・・・どうも様子がおかしいんです。」
「おかしい?」
「ええ。アルシオーネ様からの連絡が途絶えたのとちょうど同じ頃から、各地の支社に対してネット経由での侵入を試みた形跡があったり、取引のあるいくつかの工場が不穏な動きを見せていたり・・・。」
「なるほどね・・・アルシオーネが捕まったのとなんらかの関係があるわけか。」
「お気づきでしたか?」
「後ろに二人ほどいるしな。」
 さらりというエメロードに、プロストは尋ねた。
「いったい何者でしょう?」
「それよりも考えなければならない事は、何をするつもりなのか、だ。誰だろうと関係ない、俺達にとって深刻なことなら阻止するしかないからな。」
 コーヒーを飲み終え、エメロードはプロストに言った。
「各支社に通達。周辺で起こっている異変を慎重かつ徹底的に調査しろ。ただし勝手に結論をつける事は許さん。俺がいいというまで、大きな行動は起こすな。それまではなるべく目論見にも監視にも気付かない振りをしておけ。とな。」
「了解です。」
「全く・・・俺は面倒が大嫌いだというのにな・・・。」

 子供達にお菓子を振舞ったことで、アルシオーネに対する子供達の評価は一気に天辺まで上り詰めることとなった。子供達はアルシオーネを慕い、彼女の行く先々についていくようになる。
 無論それがお菓子目当ての行動であったとしても、アルシオーネにはせん無い問題だった。ついて歩く子供達とともに歌うことが出来れば、彼女にはそれで満足なのだから。
 ちなみに「傘からお菓子」の手品は、何度やっても底を尽きる事はない。どういう仕掛けなのかはアルシオーネだけの秘密である。
 周りを囲む子供達とともに楽しげな歌を歌い、街中を歩くアルシオーネ。その歌声は、精気なくたたずんでいた大人たちにもつかの間の心の安らぎを与え、ほんの少しだけ街中の雰囲気が明るくなったのだった。
 しかしそれも、突然鳴り響いた警報音で切り裂かれる。
「?!何の音ですの?」
「空襲警報だって!!」
「空襲?」
 先にも述べたとおり、まともな生産施設も農耕地もロクにないこのエナストロに、なぜ空襲が?厳密に言えばこのサイレンは緊急時に街中にいる放浪者の構成員を呼び集めるための合図でもあった。空襲はないが、それでも構成員に集合を書ける場合に鳴るケースは確かにある。
 実際、アルシオーネの目の前を数人の男達・・・スコーピオサンダーズの構成員達が走り抜けていくのが見えた。そして間をおかず、すさまじい轟音を撒き散らして頭上を再びファントムたちが駆け抜けていく。
「あれは先ほど飛んでいった4機とは違うグループ・・・海に向かっている?」
 アルシオーネは轟音で目を回している子供たちをその場に残し、海への道を急いだ。

 スクランブルの理由はやはり海にあった。
 堤防に出てしばらく走り、岬の上の灯台そばまできたときに、アルシオーネの目は水平線近くにぼんやりと見える黒い影を捉えた。かばんから高性能望遠レンズを取り出し、双眼鏡にセットして覗き込む。
 洋上の影は揺らめきの中にいて形がはっきりしない。しかし、デジタル処理による静止画解析によって、その正体が明らかになる。いくつかのフィルターを通して鮮明な画像が浮かび上がり、その姿がアルシオーネの記憶の中のものと合致した。
「ミッドウェイ!!」
 艦番CV-41「ミッドウェイ」。管理者の保有する多数の制圧機動艦隊の中でも最も消耗の激しい第4艦隊旗艦として最も長きに渡り所属し続け、2年前老朽化によって惜しまれつつも退役した伝説の巨大空母。とはいえ、後続の空母たちに比べれば見る影もなく小さくなってしまっていたが、戦跡も逸話も文句なしの名艦である。
 そのミッドウェイが目の前の洋上にいる・・・廃艦処分になったと聞いていたが、生き残っていたのか?
 そのミッドウェイの上空に、先ほど飛び立っていったファントムたちが到達した。攻撃形態をとっているが、どうやら実際に攻撃するつもりはないらしい。
 しばらく様子を見守っていたアルシオーネだったが、使用人の少女がやってきたことでそれは中断せざるを得なかった。
「アルシオーネ様、こちらでしたか。」
「あら?どうかなさいまして?」
「ヒュンダイ様が、アルシオーネ様にお部屋にお戻りになる様にと。」
「・・・わかりました。参りましょう。」
 ミッドウェイの様子は部屋からでもわかる。戻ったとて不自由はあるまい。アルシオーネはきびすを返して少女の誘導に続く。
 途中、足を止めて抜けるように青い空を見上げたが、少しして再び歩き出したのだった。

「こちらセレンゲティ22所属高空強襲偵察機「ネビュラスレイ」05、パーソナルネーム「ベラボーマン」。目標エリア54879928にて「マザー」を確認、監視開始。どうやら部屋に戻るようだ。目標エリア近海には「ミッドウェイ」がいる、甲板上に何か資材を積んでいるようだ。燃料にまだ余裕がある、しばらく監視を続ける。」

「・・・接岸拒否ですって?!」
 アルシオーネが部屋に戻ってきたとき、そのような怒号が内部から飛び出してきた。話しているのはどうやら自治区を治めている自治区長とヒュンダイらしい。
「残念ながら、彼らを近寄らせるわけには行かない。早々にお引取り願う。」
「まってくれ、ヒュンダイ殿。あの空母は私達が懸賞で当てた「商品」を届けに来ただけなんだ、あれがあれば、郊外に広がる荒地を耕すことが出来る、必要なものなんだ、せめてそれだけでも・・・。」
「ダメだ。今、我々は重要な作戦行動中である。この間はどのようなほころびも許すわけには行かない。」
 懸賞で当てた、畑を耕すものとはいったいなんだろうか?わざわざ空母で運んでくるようなものだったら、答えは一つしかないだろう。
「少なくとも2週間から3週間は対外との情報交換を遮断する必要がある。例外なくだ。荒地の耕運に必要だろうが懸賞で当たろうが、例外はない。」
「そんなに待ったら納期を逃してしまう!!ここで取れる作物はこの時期このタイミングでないと上手く育たないんだ!!頼む、許可をおろしてくれ!!」
「この時期に併合に乗り込んできた解放者を恨むんだな。」
 せがむ区長を置き去りにして出口に向かい、入ってきたアルシオーネと正対するヒュンダイ。
「貴方のしている事は、町の人々の意思を踏みにじってまでも優先するべきことなのですか?」
「ご批判は無用に願いたいですな、アルシオーネ様・・・貴方の強硬な態度が、彼らを追い詰めているとも考えられるのですよ?天空の一族の協力さえあれば、あんなものがなくても畑が育たなくてもいくらでも豊かになれるじゃありませんか。しかし・・・」
 ヒュンダイの言葉をアルシオーネはさえぎった。
「私に精神戦は通じません。私に責任を背負わせようとしても無駄です。」
「ならば彼らには申し訳ありませんが、苦しんでもらいましょう。洋上の空母には、引き返してもらいます。」
 高笑いして出て行くヒュンダイ。がっくりと肩を落とす区長。アルシオーネは深いため息をついて区長に言う。
「天空の一族の力は、人々のために使われる事は間違いではありません・・・しかし、それにすがってしまうような事はあってはならないのです。自らの誇りと意地、その二つが、この理不尽な世界で人々が生きるために必要な、最低限度の素養なのですから・・・。」
「しかし・・・しかし、このままでは・・・。」
「嘆くばかりが能ではありますまい。」
 アルシオーネは区長に言った。
「機材が届かなくても、人の手でも畑を耕す事は出来ます。今からいって、人たちを募り、己の手で畑を耕すのです。」
「ええ?!しかし、それは・・・。」
「皆することがなく・・・いえ、「したくても出来ず」、なすすべなく佇んでいるばかり・・・ならば何もしないまま時を過ごすよりも、今できることを皆ですることのほうがずっと前進になるとはお思いになりませんか?人は座して流れに任せるか、動いて流れを作るかの二つしか道はありません。そして人である限り、人であろうとすることから逃げてはいけないのだと私は信じています。それから逃げる事は、とどのつまり死ぬことと同義なのだと・・・。」
「・・・。」
「貴方は自治区の長であり、全ての人々の上に立つ立場。今私が言ったことを皆に伝え、是非を問いなさい。その上でどのような回答になろうと、それはあなた方が結論したこと。誰にも文句は言わせません・・・。」
 区長はアルシオーネの目を見つめていたが、やがて立ち上がると部屋を後にした。
「それにしても・・・ヒュンダイ様はどうあっても天空の一族の力を取り込みたいようですね・・・大怪我をしなければよいのですが・・・。」
 少なからず野望を秘める男は同等のリスクを視野に入れているものである。求めるリターンに対し、どれだけのリスクを払うか。その計算ができるものだけが野望を実現できるのだ。
 ヒュンダイにはその計算能力は皆無だ…それは従うもの達、下手をすればやむを得ず関わっているもの達にすら容易ならざる影響を与えることとなる。それが深刻なものでなければいいのだが…アルシオーネの心配は自身の安全よりもそこにあった。

 その頃…
 エメロードはエッソから程近い山脈・ダナウェアの山腹をはうように「ネイキッド・エメラルド」を操縦、狭い渓谷内で無数の対空砲火をかいくぐっていた。ロックオン警報装置が鳴り響き、高度警告と速度警告もそれに合わせてじゃんじゃん音を奏でる。撃たれたらほとんど逃げ場のないV字型の渓谷内で音速近くも出せばやかましくなって当然である。
「どーけどけどけどけどけどけどけぇぇぇぇいい!!」
 エメロードは絶妙の操縦センスとほとんど直感で愛機を操り、その弾幕を潜り抜ける。有効射程に入った敵機銃は片っ端から機銃で撃破しながら・・・。
残り時間、45分。
 
「・・・何だこれ?」
「「シルフィフェザー」の治療薬の入ったポッドボックスよ。貴方に緊急で依頼するのは、これの早急なる輸送。一時間以内にこれをダナウェア山脈向こうの町・エズウェルに届けて欲しいの。」
 10数分前、エッソの共同滑走路上での出来事。エメロードが戻ってきたときには、愛機はみたことのある集団に取り囲まれていた。ご丁寧にパイロンの下に対地ミサイルがいつでもセットできるように配置準備され、給油者もスタンバイしている。
 その一団の中に、エメロードは旧友の姿を見つける。彼女の名前はエアトレック・フィアーシェ、高機動医療法人「ホワイトメモリー」を引っ張る放浪者代表だ。
「・・・今、なんていった?」
「ダナウェア向こうのエズウェル行き。制限時間1時間。」
「お前オレを殺す気か?」
 苦笑しながらエメロードがこういったのにはわけがあった。
 その時点よりもさらに2週間ほど前、ダナウェア上空は管理者によって侵入制限区域として強制的に閉鎖された。それは軍事的な目的ではなく、2次的な事故を防ぐためのものである。このエリアは基本的に山脈が陸路を寸断している関係上航空機の往来が激しく、健全な目的を持たない輩もまたここに集中し、行き来をしたり民間機を攻撃したりする。
 そのような事態を防ぐために、管理者は近年開発を進めていた無人警備システムの試験導入を決定し、ほぼ山脈全域にわたってSAM・対空機銃・無人航空機(VTOL&STOL)からなるハイブリッド対空攻撃連携システムを配置。稼動させた。
 これは表向きは警備用だが、実際には解放者の侵攻に際して防壁となるべく設置されたとの見方もある。
 しかし、システム稼動直後に上空で監視していた管理者の偵察機があろうことかそのシステムのSAMで撃墜されてしまったのだ。無人制御プログラムに組み込まれたたった一行の指示ミスが、全システムに無差別攻撃態勢「バーサーク」を強要。一切のオンラインを断絶し、以後は近づくものは何であろうと撃墜する化け物へと変貌させた。
 被害を食い止めるためには外側から閉鎖するしかない、管理者は管轄の有人機を定期的に飛ばして山脈上空を閉鎖。それから2週間、システムの復旧の目処は立っていない。
「危険なのはわかってる。だからこそ、貴方しかいないのよ・・・私の知る限り、このプランを実行・成功させることが出来るのは。」
「具体的に聞こうじゃないか。その根拠は?なぜオレが借り出される羽目になった?」
「まずはこれの使い道から。知ってのとおり、シルフィフェザーは明確な治療方法の断定されていない難病の一つで、症状は慢性的な生命力の低下。ぶっちゃけていえば、ほっとくとどんどん衰弱していくってことね。で、そのシルフィフェザーに対してようやく希望といえる新薬が発見されたのが1年前。これはその試薬から抽出された、より純度の高い薬液よ。」
「超貴重品だな。いくら金がかかってるんだ?」
「貴方のフランカーが3機は買えるでしょうね。半分は管理者からのカンパだけど、残りの半分は各方面からの募金でまかなわれてるわ。」
 エアトレックは赤い髪をかきあげながら続ける。
「本当はこれを使って治療を行うのは来週だったはずなんだけど、これを待ち望んでいる患者の容態が急変してしまって・・・早急に薬を投与しなければ、衰弱が進んで薬の効果も得られなくなってしまう。タイムリミットは判明した時点で3時間。試薬からの抽出、ここまでの輸送で既に2時間が経過している。あと1時間でエズウェルまで薬を届けることが出来なければ助けられないの。」
「つまり、こういうことか?何百と配備されているSAMの嵐をかいくぐり、蝿さえも叩き落す対空機銃の槍衾を突破し、頭のいかれてるハイテンションな無人迎撃機の追跡を振り切って、1時間以内に向こう側に到着する、と。」
「・・・そうなるわ。」
「・・・簡単な話だったな。」
「へっ?!」
 死を覚悟させるつもりでエアトレックは説明した。しかし、エメロードの表情からはそれは見えない。むしろ何かのアトラクションにでもいくかのような無邪気さが現れていた。
「補給、急いでくれ。ミサイルは外側4つをNMM(通常ミサイル)、あとはXGAM、あるだけつけてくれりゃいい。ただし機銃は目一杯つけてくれよ、俺はガンファイトのほうが得意だからな。」
「貴方・・・恐怖ってモノがないの?」
「何をいまさら。いくしかないってンならいくだけさ。怖いだ減ったくれだなんて次元じゃない。」
 エアトレックは思い出した。この男は死の恐怖を感じないのではない。「既に骨身に染みるほど思い知っている」ため、表に出ないのだ。想像を絶するほどの恐怖をこの男は知っている、それに比べれば・・・。
「・・・私は貴方に言う言葉を間違えていたみたい・・・貴方は死んでもかまわない、けれど薬だけはなんとしても届けて。それが貴方の仕事よ。」
「おかげさまですんなりいきそうだ。」
 お互いに笑いあいながら、エメロードはエアトレックからポッドボックスを受け取り、愛機の座席後ろにあるトランクケースに収めた。
 そして「ネイキッド・エメラルド」は命の雫を消えかけた命へと繋げるために、死の山脈へと飛び立った。残り時間、56分。

 そして現在。残り時間、33分。
 「ネイキッド・エメラルド」はダナウェア山脈の幅約3/4あたりまで進んでいた。相変わらず腹をこするのではないかというほどの超低空飛行である。
 設置されたSAMの大半は山頂にある。そこよりも低い高度の目標には何の効果も得られない。意図的に尾根の中に潜り込むことによってSAMのほとんどを無効化させることに成功している。
 ただしそれは対空機銃の格好の的となることを意味していた。自動照準でこちらを狙ってくる対空機銃の射線を微妙にずらしながら、エメロードは愛機を飛ばし続ける。
 と、突然「ネイキッド・エメラルド」が機首を持ち上げて「コブラ機動」、大減速。射線が前方にずれる。補足しなおすために射撃がやみ、砲塔がロックをかけなおす間に機首を戻して加速、一気にガンレンジへ。トリガーを引き、4つの対空機銃を鉄くずとした。
 時折後方からロックオン、SAM発射の警報。しかし、そのまま尾根を回りこんでしまえばSAMは勝手に山肌に突っ込む。大きな問題ではない。
「そろそろ・・・来たな、無人機。グリペンか。」
 渓谷内を火線を浴びながら進む「ネイキッド・エメラルド」の後方上空から、おそらく山脈内のどこかに配置されたであろう急増滑走路から飛び立ったSTOL機、サーブ JAS39グリペンが4機エンゲージしてきた。軽くて俊敏、足もそれなりに速い。追わせて山にぶつけるのは無理だろう。
 挨拶代わりのミサイル(1機2発ずつ。8発も撃ってきた)をフレアでかわし、尾根を切り返す。すると連中も渓谷に侵入、間合いを詰めてくる。
「さてと、新兵器ちゃん、おきて頂戴よw」
 いいながらエメロードは左手もとの3Dキーコンフィグを操作。外側4発のNMMを起動、ロックオン要求に対し、後方レーダーを指示。感度不十分で文句を言うが、キーコンフィグ入力で行動プログラムを叩き込み、リリースする。
 翼端および翼下第1パイロンから放たれたNMMは突然上昇、上空をループ機動し、あろうことか追跡してきたグリペンたちの後方上空に回りこむ。プログラムフェーズ2、IRシーカー誘導に移行、目標突入。グリペンはフレアを撒き散らすが角度が悪い。
 結果2機のグリペンが火達磨となって墜落。追っ手は2機になった。
「しつこいな・・・。」
 さらに尾根を回りこんで加速。もう前方には対空砲火はない。代わりにエメロードの目に飛び込んできたのは、朽ちかけた鉄橋。
 すかさずXGAM起動、ポイントをプログラム入力、リリース。対地ミサイル2機は鉄橋の両サイド、一番荷重のかかる基部を同時に爆破。破片を撒き散らし、断末魔を上げながら崩落する。
「マックパワー!!」
 最大出力で加速、崩落する鉄橋をくぐる。後続のグリペン2機はそれをよけられずに激突、崩落に巻き込まれて果てた。
「・・・あとで破損請求書が来るだろうなぁ・・・。」
 死の山脈を乗り越えた割にはのんきなことをぼやきつつ、エメロードはエズウェルへと向かう進路をとる。もう邪魔者はいない、後は一直線に目的地だ。
 ・・・残り時間、23分。

 エズウェルには一度に大量の航空機を発着させるための空港設備は存在しない。その代わりに、民間機の往来をこなすことが出来るだけの滑走路が郊外に備え付けられている。
 残り時間、実に11分。「ネイキッド・エメラルド」はエズウェルで待機していた「ホワイトメモリー」のスタッフが待ち受ける滑走路に到着、新薬を届けることに成功した。
「本当に奇跡だ!!あの山を越えてくるなんて!!」
「いいからいきな。オレが間に合ったってあんたらが遅れちゃ意味ない。」
「ありがとう、本当にありがとう!!」
 スタッフと一緒にいた年配の男は、涙ながらにそう何度もつぶやいてエメロードの手を握った。おそらく患者の身内だろう。
「貴方は、娘の命の恩人だ!!感謝します、本当にありがとう!!貴方が命をかけてくれたおかげで、娘は助かります!!」
「楽観しないほうがいい、オッサン。」
 エメロードは手を握り返しながら、それでもいった。
「シルフィフェザーの怖さは、薬の効果がなかなかわからないことだ。今この場を乗り越えることができたとしても、明日はどうなるか全く予測できないのがこの病気の本当の怖さ。あんたも、そして娘さんも、今を生き抜き明日を勝ち取る武器を手に入れたに過ぎない。本当に助かるかどうかは、これから。あんたら次第なんだ。オレはその武器をあんたらにもたらしただけ、それ以外のあんたらの戦いには何も手助けが出来ない。気を抜くな、戦うからにはあきらめるな、頑張った結果ゲームオーバーになっても後悔することのないように・・・そうやって尻を叩くことくらいしかできないんだ。こんなオレが恩人であっていいわけがない・・・無責任ながら祈らせてもらう、あんたらの頑張りと、カンパしてくれた人々の想いが、娘さんの力を幾重にも強めて戦い抜けるように、とね。」 
「・・・ありがとう・・・娘にもその言葉、伝えます・・・。」
「あ、それじゃこれ。オレからのお守り。」
 エメロードは自らのシャツの第2ボタンをはずし、それを男の手に置いて包んだ。
「ボタンには想いを集めて力に変えるおまじないが利くそうだ。娘さんに持たせてやってくれ。宝石のエメラルド削って作ったものだからご利益は間違いなし、だ。」
「本当に何から何まで・・・ありがとうございます・・・。」
 男は何度も頭を下げ、感謝を繰り返す。エメロードは肩をバシバシと叩いて激励し、彼を送り出してやった。
「・・・子供の命のためには己の命すらもかける。そんな心理が見えたから・・・かな。俺も甘くなったもんだ。」
 一人ごちて愛機に戻り、コクピットに乗り込む。そのとき、緊急メッセージが届いていることに気付いた。
 開いた後強制削除されるタイプのメッセージメール。差出人欄には「Ta152T」とだけあった。

「Ta152・・・!!!」

それは、エメロードの知る限りひとつだけの真実を示す記号だった。
 中身は開かなくても分る。メッセージが届いたという事実が、彼にひとつの運命の終わりを告げているのだから。
「…テリオス…。」

 報酬を払おうと戻ってきた「ホワイトメモリー」の構成員が呼びとめるのも聞かず、エメロードは「ネイキッド・エメラルド」を離陸させていた。
 行く先は南西、管理者の本拠地であるミノシャラワル。
 かつて「無冠の帝王」と呼ばれた皇帝が、己の全てをかけて滅びかけた帝国を建てなおし、現在までの繁栄を築いたとされる、エルディア最古の都市である。



 2006/04/21:三千院 帝さんから頂きました。
秋元 「第二ボタン付与は、歴史的観点から見ても(中略)であり(中略)である」
アリス 「……今でも残っているのでしょうか、その分化は」

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