外洋機動艦隊 外伝 −空母雛菊音楽隊−




 目まぐるしいほど忙しかった一日が終わった。今は二三時。
 消灯喇叭が艦内放送用のスピーカーを通して艦内に響く。
「……今日は一日大変だったな。ま、この楽器と出会えたから、それは帳消しかな」
 消灯喇叭を聞きながら、山内はそう考えた。




第四話 遁走曲第三番“変わりゆく日常”

[今日も一日、いいことありますように]




 -二〇五二年〇八月〇六日〇五時五三分、艦橋にて-


 幡村の一日は、六時の信号喇叭を吹くことから始まり、二三時の信号喇叭を吹いて終わる。空母雛菊では信号喇叭は、音楽隊・トランペットパートの人が吹くことになっている。
 そんなわけで、彼は喇叭を持って雛菊放送局に来ていた。
 雛菊では、信号喇叭は艦内放送用のマイクに向かって吹く必要があるためだ。
 今日も雛菊放送局の人たちの中に混じって、付島が来ていた。「おはよう」と付島は幡村に声をかけた。幡村は敬礼で応える。「おまえさんの喇叭の音は威勢がいいからな。今日も一日しっかり頼むよ。でも、どうしたんだ?いつもの、、、、は壊れたのか?」幡村はその仕事のために、必ず買わなければならない式典用信号喇叭とは別に、普通のものも持っているのだが、手にあるそれは信号喇叭ではなく、つい昨日買ったばかりのトランペットだ。
 付島にそう言われた幡村は、「いや、このラッパ、あれより吹きやすいんで。これからコイツで行こうと思います」と言った。
 付島は一言、「そうか」とだけ言った。内心、「(相当気に入っているみたいだな)」とか考えながら。
「では、そろそろ時間ですので」幡村がちらりと原子時計をみて言った。
「ああ、よろしく」付島もそれをみて頷く。
 幡村が放送室に入ると、オーディオ担当者が艦内放送系統と全てのスピーカーのスイッチを全てオンにたたき込む。原子時計に目をやる。六時まであと15秒。それを確認して、今度はマイクのスイッチを入れる。
「スピーカーよし、マイクよし」そう声を出して確認してから、主電源を入れた。パイロットランプが点灯し、少し遅れて放送室内外のON AIRランプが点く。スタンバイ、オールOK。
「(……5、4、3、2、)」ほかの局員が指で秒数を示す。幡村は大きく、音がしないように息を吸い、「(1、今!)」キューサインが出たのと同時に、六時の信号喇叭を吹いた。
 威勢の良い音が雛菊に響きわたる。
 全くの余談だが、実はこの信号喇叭、雛菊食堂開店の合図でもある。この喇叭を合図に、食堂の扉が開かれるのである。

 山内はと言うと、既に起きて読書をしていた。その本は彼の一番のお気に入りで、もう何度も何度も、数え切れないほど読んだ。題は、『指輪物語』。題からも分かる通り、映画『THE LORD OF THE RINGS』の原作である。彼の好きな曲『交響曲第一番 指輪物語』も、この本からインスピレーションを得て作られた。
 第一部の下巻を読み終え、第二部の上巻に手を伸ばしたそのとき、信号喇叭が響きわたる。
「……ん、もう六時か。朝飯食べに行こうかな」
 山内は手を引っ込めて、食堂へ向かった。

 山内が食堂へ行くと、この時間にしては珍しく笹本の姿があった。
「おはよ、希。今日は早いんだな」山内が声をかけると、一ミリほど頷く。
「そうか。今日も一日頑張ろうな」そう言うと、
「……うん」笹本も少しだけ笑顔になる。
 この二人、入隊当初からカップル疑惑があった位に仲がいい。まあ、幼稚園の頃からの幼なじみだから仲がいいのは普通だろ、と山内は言って、その疑惑を完全に否定した。その通りなのだから、そんな訳ない、と。
 ただ、これには裏があるな、と勝手に考えた隊員たちの何名かがグループを結成してコソコソと動き回っているというのは、これまた別の話。

 二人が食べ始めたところに、幡村が走ってやってきた。
「おう、おはよ、山内。あと、笹ちゃんも。久々に三人揃って朝飯が食えるな」
「そうだな。いつぶりだったっけかな?」
「さあな。とりあえず久しぶりってことよ。あ、席の確保、頼んだぞ」そう言って、幡村は朝食を取りに行った。
「やれやれ……」山内は少し笑いながら呟き、食事に戻った。


 -二〇五二年〇八月〇六日〇九時二四分、第六個人練習室にて-


 雛菊音楽隊の一日は、朝九時に始まる。と言い切りたいところだが、練習に全員が参加するのは合奏の時のみで、ほとんどは自主練習だ。そして、今日は自主練習の日だ。
 そんな訳で、笹本は個人練習室にいた。ただし、手元には楽器や楽譜、教則本以外に、鉛筆、色鉛筆、A4サイズの厚手の紙もあるが。
「……今日の、練習……何しよう……」考えながら、手では絵を描いていた。
 描いているのは、自分の楽器。シンベルミネと名付けたそれだ。今は下書きの途中でもちろんまだ色は付いていない。
「……、きょうは、ここまで……」笹本は絵の道具を片付け、教本を広げ、練習を始めた。スケール、ビブラートに半音階、とまずはいつも通りの基礎練習を一通りする。ここまではほとんどの人がする。
 そのあと、知っている曲の中から一曲選んで吹く。これは彼女独自のやり方だ。そして、彼女は大抵の場合ここで歌劇「トゥーランドット」のアリア『お聞きください王子様』のような、美しくも悲しげな曲や、短調のものを選ぶのだが、今日は歌劇「アイーダ」の『凱旋行進曲』を選んだ。今日だけは、この楽器を初めて吹く今日だけは、なぜか短調の曲を吹く気にはなれなかったのだ。
「……この感じは、……何だろう」自分でもよく分からなかったが、それを自分のできる最大限の表現・感情を込めて、演奏する。演奏したそれは、さすがに本物ほど迫力はないが(実際はトランペットのユニゾンで演奏するので、相当な迫力である)、それでも透き通った音が練習室いっぱいに響きわたる。
 吹き終えると、体が軽くなったような、不思議な感覚が彼女を包み込んでいった。
「……たまには、明るい曲、……いいかも……」彼女は一人そう呟いた。


 -二〇五二年〇八月〇六日〇九時三七分、第三個人実験室にて-


 山内はというと、研究室にいた。本土にいる宇和島から連絡が入ったのだ。

「いやあ、どうもすみません」液晶画面の向こう側で、宇和島は軽く会釈しながら席についた。
「まあいいんです。それよりも、用件とは一体何ですか?」こちらも会釈しながら席につく。
「実は、以前開発したレーダーのことなんですが……」山内の眉がピクリと動く。「フェイズ2、ブロック11のものの一部で誤動作が起きているそうです」
「具体的には?」山内の表情が険しくなる。
「このブロックの前半、製造番号で言いますと、No.21103からNo.21125迄の製品ですね。これらで特定の条件を満たすと存在しないはずの機影が感知される、とのことです」
「特定の条件、とは?」
「レーダーレンジミドル、レーダー感度が50%台のときです」
「それは不味いですね……ん、待てよ。問題があるのはNo.21103からNo.21125迄の製品で確実なのですか?」
「はい。と言いますと?」
「その番号に心当たりがあるので……。すぐに問題の奴のソースコードを転送できますか?」
「セキュリティー上不可能です。しかし、該当する機体が1機だけですが雛菊に存在します。それにTAの端末を繋げば入手できます。また、初期のデータも転送不可能ですが?」
「ご心配無く。そのデータは自室に厳重に保管しています」
「ならいいです。では、該当機にはメンテナンスデッキに行くように伝えるよう、艦長に話しておきます。あなたは端末と接続ケーブルを持ってそこで待機しておいてください」
「了解」
 こうして、山内はメンテナンスデッキへ向かった。


 三者三様の一日の始まり。しかし、あのときから、その、、楽器を手に入れてから、彼らの日常の歯車は入れ替わり始めていた。彼らの気付かない所で。




第五話へ続く







後書きという名の何か

 まいど〜!小鶴巡人です。
 ……何のノリだ、一体。まあいいです。
 はじめの方に何か無理矢理詰め込んでいますが、気にしたら負けということで(何
 ちなみに、題名の「遁走曲」は、「とんそうきょく」と読みます。カタカナで言えば「フーガ」です。
 そして、今回は消化不良な終わり方になってしまいました……ごめんなさい。

 さて。
 三年生になりました。今年は大学受験です。
 が、細々とは書き続けようと思いますので、これからも生暖かい目で見守ってやってください。

 それではまた次回お会いしましょう!



 2012/06/15:小鶴巡人さんから頂きました。
「雛菊は、他人の恋愛沙汰に興味津々な紳士淑女が多いのだ!」
「……鎌土少尉とルナさんのウワサも、すぐに広まっていましたね」
「あはは、ちょっと恥ずかしかったけど、みんな祝福してくれたので良かったです」
「後半の話、気になるわね」
「兵器にトラブルはつきもんだ、完璧なモンなんか存在しないよ」

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