外洋機動艦隊 外伝 −空母雛菊音楽隊−




 -二〇五二年〇八月〇六日一三時一二分、山内の部屋にて-


 部屋に帰ると、山内はまず休止していたパソコンを復帰させ、デバッガと逆アセンブラを立ち上げた。
 次に立ち上げたのは……訓練用のシミュレータ。フライトステイック型のコントローラも取り出す。そして、レーダーのプログラムデータを、シミュレータのものから問題のものへと差し替える。準備完了。山内は、電子の大空へと飛び立った。




第六話 行進曲第五番“本番とそのあと”

[さて、行こう]




 -二〇五二年〇八月〇六日一六時四八分、山内の部屋にて-
「……これだな」
 ぽつり、とそう呟く。シミュレータの設定上では、敵機は既に一機もいない。しかしレーダー上には複数の光点が映し出されていた。すぐさまシミュレータを中断して、該当の箇所のプログラムを見る。すると…………
「……おいおい、こんなの普通気付くだろ」
 15行目。繰り返しの条件文をよく見れば、繰り返し処理回数のゼロが一つ足りなかった。
 すぐさまプログラムを書き直す。それを適応して、さっき一時停止していたシミュレータに切り替えると、そこに映し出されていた光点はすべて消えていた。
「……これでよし」
 山内はそのレーダーのプログラムデータをメモリーにコピーすると、個人実験室へ向かった。


 -二〇五二年〇八月六日一七時〇九分、第三個人実験室にて-


「ははは。まさかそんなことが原因だとは思いませんでしたよ」
 報告された宇和島は笑っていた。
「笑い事じゃないでしょ、宇和島君……」
 山内は若干呆れ顔。
「まあ、その通りですがね。どちらにせよ、お疲れ様です。感謝してますよ」
「ふぅ……帰ったら楽器を吹くことにするよ。来週は本番だし」
「そうですか、頑張ってくださいね」
 そう短く会話して、山内は自分の部屋へ帰った。


 -二〇五二年〇八月〇六日一七時二二分、山内の部屋にて-


 部屋へ戻った山内は、来週の本番に向けて楽器の整備を始めた。

「えーと、確かここは開けちゃ駄目だったんだよな……」
 楽器を買った時、宇和島に言われたことを思い出す。待て、どうして宇和島が?彼は楽器に関しては山内より、いや、ほとんど知識はないはずだ。
確かあの時、楽器の説明の時宇和島が口を開いたのは最後の最後。楽器店の店員が説明し終えてから、
「補足を一つ。ここは絶対に開けないでくださいね」と、一言。楽器が使えなくなるので、と添えて。

「しかし……何なんだろうな?」
 考えても答えは出ない。山内は整備を終えると、夕食へ向かった。


 -二〇五二年〇八月一二日〇九時一〇分、横須賀港特設ステージ袖にて-


 それから六日後。現在、本番五分前。空母雛菊音楽隊は、ステージ袖で待機していた。
「さて、今日は皆分かっていると思うが本番だ」尾原が言った。
「楽譜通りに演奏することは勿論大切だ。しかし、本番ではかたくなるなよ。なんせ……」
「本番は頑張るものではなく楽しむものですからね、隊長」と、山内が急に割り込む。
「オイオイ、〆の台詞を盗らないでくれよ」
隊員たちが一斉にどっと笑う。
「まあ、練習をあれだけしたんだ。皆、自信を持って行こう。以上」
結局〆ているじゃないですか、と言いたかったが、胸の内に仕舞い込み、山内たち雛菊音楽隊はステージへ上がっていった。


 -二〇五二年〇八月一二日〇九時一五分、横須賀港特設ステージにて-


空母雛菊音楽隊がステージに上がり準備を始めると同時に、司会が喋り始めた。「さて、次にお届けするのはプログラム9番、日本海軍空母雛菊音楽隊の演奏です。指揮は、日本海軍空母雛菊音楽隊隊長、尾原 隆中佐です」どこかの学校の先生なのだろう。お世辞にも上手いとは言いにくいが、それでも場を楽しませようとしているのはよくわかる良い司会だ。
「いやぁー、まさかこの場で、しかも生の演奏を聞くことができるなんて、夢にも思いませんでしたよ」
「そうですねー。会場のみなさんはいかがでしょうか?」途端に、ここで本番を迎えた、あるいはこれから本番を迎える学生を中心に大きな歓声が巻き起こる。司会の方を眺めていた尾原は隊員の方に振り返って、苦笑いした。
「これは楽しみですねぇ!」
「そうですね。さて、曲は、組曲『宇宙戦艦ヤマト』、軍艦行進曲、そのほかです。では、どうぞ」
 途端、また大きな拍手が起こった。

 尾原は、ふぅ、と一息つくと同時に、音楽隊を見渡す。そこには、いつもの音楽隊があった。
「さて、行こう」と、小さい声で言うと、隊員の何人かが頷いた。
 1曲目はマーチ『ハロー!サンシャイン』だ。この曲は1987年度の全日本吹奏楽コンクールの、五曲ある課題曲の一つである。スコアをちらりと確認し、指揮棒を構える。
 隊員たちが楽器を構えるのと同時に、会場が静かになる。
 数瞬おいて、指揮棒を振り上げた───



 -二〇五二年〇八月一二日〇九時五五分、横須賀港特設ステージ袖にて-


「まず始めに、楽しい本番をありがとう」
 毎回本番後に必ず開かれることになっているミーティングが進行して行く。
 山内はそれをぼんやりと聞いていた。特に何か失敗した訳でもないが、何となく一人でぼんやりとしていたい気分だったのだ。

「何はともあれ、お疲れさん」三分ほど経っただろうか。その言葉を合図に、全員が隊長に敬礼する。山内もそれに従う。

 山内が楽器を片付け終えると、すぐさま中平が駆け寄ってきた。
「おーいパーリーぃ。さっさと行こうや。な?」
「まあまあ龍さん、そう慌てずに。まだみんなが集まってないでしょ?」そう言って中平を落ち着かせようとしたが、「ほいなら、全員呼んでくるさかい、待っときー」無駄だったようだ。そう言うと、走って行ってしまった。
「やれやれ」山内は笑いながらその姿を見送った。

 そして、五分とかからずに山内以外のパートの五人全員が山内の周りに揃った。
「……さて、パート練習のときよりも遙かに集合するのが早いんですが、一体どういうことですか?」山内が他に問うと、中平が、
「そんなのは気のせいやさかい、はよう祭りに行こうや」と返した。途端に笑いが巻き起こる。
 やっぱりトロンボーンパートはこうでなくっちゃ───山内は一緒になって笑いながらそう考えた。




第六話へ続く







後書きという名の何か
毎度ありがとうございます。小鶴巡人です。
いやぁ、前回から10ヶ月も空いてしまいましたね……申し訳ありません。
言い訳をすると、

大学って忙しいですね!

……はい。まぁ、ぼちぼち更新したいと思います。


 それではまた次回お会いしましょう!


…………現時点であんまり先の構成が見えてませんが(おい



 2014/02/23:小鶴巡人さんから頂きました。
「ヒューマンエラーってのは『なんでそうなるの?』ってミスが多いよな」
「……意外と気付かないものですね」
「俺も何で眠気がひどいのかわかんねぇーや! ははは!」
「それって、ヒューマンエラーって言うんですか?」

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